
個人事業主が自己破産を考えるとき、何を先に止めるか
2026.09.11
「破産するなら、家族に残せるものを先に残したい」は危険です
個人事業の資金繰りが限界に近づくと、経営者は急にいろいろなことを考え始めます。
自宅だけは残したい。
妻から借りたお金は返しておきたい。
息子には黒字事業を引き継がせたい。
従業員の給料だけは払いたい。
長年付き合った仕入先にも迷惑をかけたくない。
どれも気持ちとしては理解できます。
しかし私は、この段階で一番危険なのは、「守りたい相手から先にお金や財産を動かしてしまうこと」だと考えます。
破産が現実味を帯びたときほど、最初にするべきことは財産を動かすことではありません。
まず止めて、全部を見える化することです。
相談事例
ある個人事業主を想定します。
28年前に居酒屋を始め、現在は2店舗の飲食店と法人向け弁当事業を経営しています。
年商は約1億6,000万円。
正社員8名、パート・アルバイト19名。
しかし、原材料費、人件費、光熱費の上昇に加え、居酒屋部門の客数減少が続き、前期は赤字になりました。
一方、弁当事業だけを切り出すと、年間約1,000万円程度の利益が見込めます。
つまり、事業全部が悪いわけではありません。
赤字の飲食店と、黒字の弁当事業が一つの個人事業の中に混在しています。
さらに、事業借入は約6,400万円。
税金や社会保険料にも未納があります。
翌月給与も約300万円不足する可能性が出ています。
経営者は、
「もう自己破産した方がいいのではないか」
と考え始めました。
この問題の本質
私は、この問題の本質は、
「自己破産するか、しないか」ではない
と考えます。
先に整理すべきなのは、
- 今から動かしてはいけない財産は何か
- 今後さらに家族のお金を入れるべきか
- 黒字の弁当事業は残せるのか
- 居酒屋はいつ止めるべきか
- 自宅や相続財産はどう扱われるのか
- 従業員や取引先への影響をどう小さくするか
です。
個人事業では、法人のように「会社」と「経営者個人」がきれいに分かれていません。
だからこそ、事業と家計を一体として整理する必要があります。
よくある失敗① 破産前に自宅を家族名義へ変える
資金繰りが厳しくなると、
「家だけは妻に残したい」
という気持ちが出てきます。
すると、
「破産する前に妻名義に変えればいいのではないか」
という話が出ることがあります。
私は、こうした話が出た時点で、まず財産移転を止めます。
重要なのは、名義をどう変えるかではありません。
その自宅の時価はいくらか、住宅ローンはいくら残っているか、誰の持分なのか、担保はどうなっているか
を確認することです。
自宅を守りたいからといって、破産を意識した後に家族へ移転することは、かえって問題を大きくする可能性があります。
よくある失敗② 家族のお金を最後まで入れ続ける
このケースでは、妻がすでに600万円を事業へ貸しています。
さらに経営者は、翌月の給与のために、
「もう一度300万円貸してほしい」
と頼んでいます。
私は、ここでいったん止めるべきだと考えます。
追加資金を入れることで本当に再建できるのか。
それとも、赤字店舗の延命に使われるだけなのか。
ここを確認せずに家族資金を入れ続けると、事業の損失が家族の老後資金にまで広がります。
会社を守るために、家族全体を壊してはいけません。
黒字の弁当事業まで終わらせる必要はあるのか
今回、長男は、
「弁当事業だけなら残せるのではないか」
と考えています。
私は、この可能性は本気で検討します。
弁当事業には、
- 法人顧客
- 厨房
- 配送車
- 従業員
- 製造ノウハウ
- 継続的な売上
があります。
つまり、そこには事業価値があります。
自己破産を検討するからといって、価値のある事業まで一緒に消す必要があるとは限りません。
ただし、ここで注意が必要です。
「息子だから安く譲ればいい」という話にはしないことです。
家族への事業承継こそ、適正な価値を考える
親子間では、どうしても、
「厨房は古いから安くていい」
「車も家族だからタダ同然でいい」
という発想になりがちです。
しかし私は、家族への承継だからこそ、第三者へ売る場合と同じ視点で評価すべきだと考えます。
例えば、
- 厨房設備の時価
- 配送車の時価
- 顧客基盤の価値
- 正常利益
- 必要運転資金
を確認します。
そして、長男がどこまで対価を負担できるのかを考えます。
家族に財産を逃がすことと、価値ある事業を適正に承継することは別です。
「借金は全部自分で返す」が正解とは限らない
この経営者は、
「自分が作った借金だから、自分で最後まで返したい」
と考えています。
責任感としては理解できます。
しかし経営判断としては、そこで止まってはいけません。
もし6,400万円を返すために、
- 妻の老後資金
- 自宅
- 相続財産
- 長男の生活
- 黒字の弁当事業
まで失うのであれば、本当にそれが最善なのかを考える必要があります。
私は、
「全部返せるか」ではなく、「何を残し、何を整理することで最終的な損失を最小化できるか」
を見ます。
相続財産も感情で動かさない
このケースでは、母親が亡くなり、実家不動産の相続も発生しています。
ここでも、
「破産するなら相続放棄した方がいいのではないか」
という話が出ています。
しかし私は、相続についても先に事実確認をします。
実家の価値はいくらか。
母親に借金はあるか。
本人の相続分はいくらか。
いつ相続開始を知ったのか。
すでに財産を処分していないか。
こうした事情を整理せず、
「破産するから放棄」
とだけ考えるべきではありません。
従業員給与を守ることと、資金を使い切ることは違います
経営者は、
「従業員の給料だけは払いたい」
と言っています。
この気持ちもよく分かります。
ただし、
「売掛金が入ったら全部給与へ使い、残高がゼロになったら自己破産する」
という考え方も危険です。
事業を閉じるにも、承継するにも、整理するにも資金が必要です。
重要なのは、
最後の一円まで使うことではなく、最後まで着地させられるよう資金を管理すること
です。
居酒屋と弁当を分けて考える
私は、このケースではまず事業別損益を確定します。
居酒屋1号店。
居酒屋2号店。
弁当事業。
これを一つの事業として見てはいけません。
特に2号店は月約120万円の赤字です。
黒字の弁当事業から赤字店舗へ毎月資金が流れているのであれば、黒字事業そのものまで失う可能性があります。
赤字事業を守るために、黒字事業を壊してはいけません。
顧客は「会社が危ない」と知る前に離れます
弁当事業の主要顧客は、毎日決まった時間に商品が届くことを重視しています。
供給不安を感じれば、顧客は早めに別業者へ切り替えます。
つまり、弁当事業に価値があるとしても、時間をかけすぎれば価値は消えます。
私は、長男承継を検討するのであれば、早い段階で、
- 主要顧客が長男会社とも取引を続けるか
- 厨房を継続利用できるか
- 従業員が移る意思があるか
- 必要な許認可等はどうなるか
- 運転資金を確保できるか
を確認します。
法律だけでは解決できない理由
個人事業主の破産では、財産、家族間取引、事業譲渡、相続、給与、税金、賃貸借など、多くの法律問題があります。
しかし、法律上できるかどうかだけでは経営判断は決まりません。
弁当事業を適法に譲渡できても、顧客が離れれば意味がありません。
自宅の扱いが整理できても、家族資金を使い切ってしまえば生活再建が難しくなります。
破産が可能でも、黒字事業まで失えば社員や顧客への影響は大きくなります。
重要なのは、法律上の整理と、経営上何を残すかを同時に考えることです。
実務上のチェックポイント
私なら、少なくとも次の点を確認します。
- 本人名義の預金
- 妻名義預金の取得経緯
- 自宅の時価
- 住宅ローン残高
- 担保設定
- 事業借入の内訳
- カードローン等の残高
- 妻・親族からの借入
- 税金・社会保険料の未納
- 未払給与
- 仕入債務
- 店舗家賃の滞納
- 原状回復費
- 各店舗の事業別損益
- 弁当事業の正常利益
- 厨房・車両の時価
- 売掛金
- 主要顧客の継続意向
- 従業員の承継意向
- 相続財産と相続債務
- 直近の家族・親族への資金移動
- 長男会社の運転資金
- 弁当事業の適正な承継価値
私ならこう進めます
新たな家族資金投入を止める
↓
自宅や事業資産の名義変更を止める
↓
親族や特定取引先への例外返済を止める
↓
本人の全財産・全債務を一覧化する
↓
相続関係を整理する
↓
居酒屋と弁当の事業別採算を確定する
↓
弁当事業の承継価値を評価する
↓
主要顧客・従業員・設備の承継可能性を確認する
↓
長男承継後に残る債務を算定する
↓
再建・廃業・自己破産を比較する
まとめ
私は、個人事業主が自己破産を考え始めたとき、最初にやるべきなのは、
「何を家族に残すかを決めること」ではない
と考えます。
最初にやるべきなのは、
「これ以上、財産とお金を動かさないこと」
です。
自宅。
家族のお金。
事業資産。
親族への返済。
相続財産。
これらを一度止めて、全部を見える化する。
そのうえで、価値のある弁当事業を残せるのかを考える。
重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。
そして個人事業主の場合、守るべきものは「今の事業主名義」そのものではありません。
黒字の仕事、顧客、従業員、家族の生活再建を、できるだけ壊さずに次へつなぐこと。
私は、それが事業者破産を考える場面での最初の一手だと考えます。
※本記事は中小企業・個人事業の経営課題について一般的な考え方を整理したものであり、個別案件における自己破産、事業譲渡、財産処分、債権者への支払い、相続、雇用、税務その他の法的・財務的判断を示すものではありません。実際の判断は、資産・負債、担保、取引内容、家族間取引、相続状況、事業価値その他の具体的事情によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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