営業資料の言い過ぎと未承認値引きが重なったとき会社が最初に整理すべきこと

2026.07.08

導入

中小企業では、強い営業担当者の存在が会社を支えていることがあります。

大口顧客との関係を作り、数字を守り、厳しい価格競争の中で受注を取ってくる。

経営者にとって、そういう営業幹部は非常に大きな存在です。

しかし、その営業力が「根拠の弱い効果表現」や「未承認の値引き条件」と結びつくと、会社にとって大きなリスクになります。

特に、食品工場や外食チェーン向けの洗剤・除菌剤・衛生管理資材のように、食品安全に関わる商品では、営業トークの行き過ぎが後から重大な信用問題になることがあります。

私は、この問題の本質は「営業部長が少し盛った資料を使った」という話ではないと考えます。

本質は、売上を作る営業力に会社が依存しすぎた結果、品質保証、契約条件、採算管理、表示リスクをコントロールできなくなっていることです。

相談事例

ある業務用洗剤・衛生管理資材の製造販売会社での話です。

この会社は、食品工場、給食会社、外食チェーン、食品スーパー向けに、洗浄剤や除菌剤、手指衛生用品を販売していました。

近年は、食品事故や異物混入対策への関心が高まり、衛生管理資材の需要は増えていました。

一方で、原材料価格、容器代、物流費が上がり、会社の粗利率は下がっていました。

社長は、主要商品を平均8%値上げしたいと考えていました。

しかし、古参の営業部長は強く反対しました。

「今値上げしたら他社に切り替えられる」

「うちは大手ではないから、関係性で売るしかない」

「理屈より、まず数字を守るべきだ」

営業部長は、先代社長の時代から会社を支えてきた人物です。

大口顧客との関係も深く、営業部長が担当する顧客だけで売上の約4割を占めていました。

社長も専務も、営業部長に強く言えない状態でした。

問題が表面化したのは、外食チェーンA社向けの新規提案です。

A社は全国に約80店舗を展開しており、厨房衛生用品の見直しを検討していました。

契約が取れれば、年間で約6,000万円の売上増が見込めます。

営業部長は、若手営業を同行させ、主力除菌剤を提案しました。

その営業資料には、次のような表現がありました。

「ノロウイルス対策に圧倒的効果」

「厨房内の食中毒リスクをほぼゼロへ」

「他社品の約2倍の除菌力」

「これ一本でHACCP対応は万全」

「導入店舗ではクレーム件数が70%減少」

「厚生労働省基準にも完全対応」

一見すると、営業資料としては力強い表現です。

しかし、若手営業は不安を覚えました。

研究開発担当から聞いていた説明と違っていたからです。

実際の試験データは、特定条件下での除菌性能を示すものであり、すべての厨房環境で同じ効果が出るわけではありません。

「クレーム件数70%減少」も、一部顧客への社内ヒアリングに基づくもので、統計的な裏付けは弱いものでした。

また、除菌剤を導入するだけでHACCP対応が完了するわけでもありません。

品質保証責任者も、以前からこの営業資料に懸念を持っていました。

「この表現は強すぎます」

「効果を保証するように見えます」

「使い方を誤れば、逆に食品事故リスクがあります」

「除菌剤だけでHACCP対応が万全とは言えません」

しかし、営業部長は取り合いませんでした。

「品質保証は細かすぎる」

「営業資料は目を引かなければ意味がない」

「顧客もそこまで文字通りには受け取らない」

このように考えていたのです。

さらに問題は、価格条件にもありました。

営業部長はA社に対して、社内承認を得ずに、初年度の特別価格、値上げ凍結、他社との差額調整、無償研修、店舗クレーム時の現場改善対応まで口頭で伝えていました。

専務が試算すると、その条件をすべて守れば、A社案件は初年度ほぼ赤字になる可能性がありました。

それでも営業部長は、次のように主張しました。

「まず入らないと何も始まらない」

「初年度は赤字でも、2年目以降に回収できる」

「細かいことを言っていたら大口は取れない」

一方、既存顧客B社からも小さなクレームが出ていました。

「営業時に聞いていたより汚れ落ちが弱い」

「これ一本で十分と言われたが、実際には前処理が必要だった」

「営業担当者の説明と品質保証部の説明が違う」

大きな食品事故にはなっていません。

しかし、顧客はすでに不信感を持ち始めていました。

この問題の本質

私は、この問題の本質は「営業資料の表現を少し直せばよい」という話ではないと考えます。

もちろん、問題表現の修正は必要です。

しかし、それだけでは不十分です。

このケースでは、少なくとも次の問題が重なっています。

  • 効果表示の根拠が弱いこと
  • 品質保証部門の指摘が無視されていること
  • 営業部長が未承認で値引き条件を出していること
  • A社案件が赤字受注になる可能性があること
  • 既存顧客B社で、すでに説明のズレがクレーム化していること
  • 若手営業が不安を感じても、営業部長に逆らえないこと

つまり、営業、品質保証、財務、契約、組織統制が同時に崩れかけている状態です。

ここで「営業部長が責任を持つと言っているから進めよう」と判断すると、後で会社全体が責任を負うことになります。

よくある失敗

この場面でよくある失敗は、契約書だけで責任を限定しようとすることです。

たとえば、契約書に「使用方法は顧客責任」「効果を保証しない」と書く。

一見すると、法的リスクを抑えられるように見えます。

しかし、営業資料や商談時の説明で「食中毒リスクをほぼゼロ」「HACCP対応は万全」と伝えていれば、契約書だけで問題が消えるわけではありません。

次に多い失敗は、A社案件を感情的に止めることです。

確かに、未承認の資料や口頭条件は危険です。

しかし、いきなり商談停止を前面に出すと、営業部長や営業部内の反発が強まり、A社案件そのものを失う可能性があります。

また、営業部長を悪者にして終わるのも危険です。

営業部長は、会社の売上を支えてきた功労者です。

問題は、営業部長個人の性格だけではありません。

会社が営業部長に頼りすぎ、資料承認、値引き承認、品質保証との連携を制度化してこなかったことにもあります。

私ならどう考えるか

私なら、まずA社向け資料を棚卸しします。

  • どの表現が、どの試験データに基づいているのか
  • 比較対象は何か
  • 試験条件は実際の厨房環境に近いのか
  • 「70%減少」の根拠は何か
  • 「HACCP対応は万全」という表現が誤解を招かないか

これらを一つずつ確認します。

次に、A社に対して営業部長が口頭で伝えた条件をすべて一覧化します。

  • 特別価格
  • 値上げ凍結
  • 差額調整
  • 無償研修
  • サンプル提供
  • 現場改善責任

これらが会社として承認されたものなのか、採算が取れるものなのかを確認します。

さらに、既存顧客B社のクレームを軽く見ないことです。

B社のクレームは、将来の大きなトラブルの予兆です。

営業説明と品質保証説明が違うという指摘は、会社の信用に直結します。

そのうえで、A社への提案を作り直します。

商談を潰すのではありません。

会社として説明できる資料、根拠のある表現、採算の取れる条件、責任範囲の明確な契約に整えるのです。

最善策

私が最初に優先すべきだと考えるのは、次の対応です。

A社向け資料、試験データ、既存顧客B社クレーム、口頭値引き条件、営業部長の権限、赤字受注リスク、品質保証の指摘、契約責任範囲を棚卸しする。

同時に、A社への修正提案方針、営業資料承認ルール、値引き承認基準、営業部長への権限制限を整える。

これが最善です。

営業部長の営業力は活かすべきです。

しかし、会社として説明できない資料や、採算が取れない条件を出すことは認めてはいけません。

「売上を作る力」と「会社を危険にさらす裁量」は分けて考える必要があります。

なぜ法律だけでは解決できないのか

このケースでは、景品表示法、広告表示、品質保証、契約責任、口頭約束、赤字受注などが問題になります。

法律面の整理は非常に重要です。

しかし、法律だけでは会社は守れません。

たとえば、営業資料の表現を法的にチェックしても、営業現場で別の説明をしていれば意味がありません。

契約書で責任範囲を限定しても、顧客が営業時の説明を信じて導入していれば、信頼は失われます。

品質保証が正しい資料を作っても、営業部長が使わなければ機能しません。

つまり、必要なのは法律論だけではなく、営業の仕組みそのものを変えることです。

  • 誰が資料を承認するのか
  • どの表現は禁止するのか
  • 値引きは誰が承認するのか
  • 赤字受注をどこで止めるのか
  • 品質保証部門にどこまで停止権限を持たせるのか

ここまで決めなければ、同じ問題は繰り返されます。

実務上のチェックポイント

このようなケースでは、私は次の点を確認します。

1. 営業資料の全バージョン

A社に実際に提出した資料と、社内で保管している資料が一致しているかを確認します。

2. 試験データ

対象菌、対象ウイルス、濃度、使用時間、比較対象、試験機関、再現性を確認します。

3. 数値表現の根拠

「約2倍」「70%減少」などの表現に、説明できる根拠があるかを見ます。

4. 口頭条件

営業部長がA社に何を約束したのか。

それは会社として承認した内容なのかを確認します。

5. 採算

値引き、無償対応、研修、サンプル、値上げ凍結を含めて、利益が残るのかを確認します。

6. 品質保証部門の権限

営業資料に問題がある場合、品質保証が止められる仕組みがあるかを確認します。

7. 若手営業の心理的安全性

若手が不安を感じても、上司に逆らえない組織では、危険な営業が止まりません。

まとめ

営業部長が大口顧客A社に対して、効果を強く見せる営業資料を使い、未承認の値引き条件も口頭で伝えていた。

既存顧客B社からは、営業説明と品質保証説明が違うというクレームも出ていた。

このような場面では、社長が悩むのは当然です。

「A社案件は取りたい」

「営業部長との関係も壊したくない」

「売上も守りたい」

「しかし、品質保証の指摘も無視できない」

その気持ちはよくわかります。

しかし私は、このケースで最初にやるべきことは、営業部長を感情的に止めることでも、契約書だけで責任を限定することでもないと考えます。

まず、A社向け資料、試験データ、B社クレーム、口頭値引き条件、営業部長の権限、赤字受注リスク、品質保証の指摘、契約責任範囲を棚卸しする。

同時に、A社への修正提案方針、営業資料承認ルール、値引き承認基準、営業部長への権限制限を整える。

この順番です。

重要なのは、誰が売ったかではありません。

会社として、その説明に責任を持てるかです。

売上を作ることは大切です。

しかし、説明できない売上、利益が残らない売上、顧客を誤解させる売上は、会社を守る売上ではありません。

私は、営業力を会社の武器にするためには、品質保証と採算管理を組み込んだ営業統制が必要だと考えます。

免責文

本記事は、中小企業における営業資料、広告表示、品質保証、価格条件、大口顧客対応、営業部長依存に関する経営判断を考えるための一般的なケーススタディです。

実際の事案では、商品の分類、営業資料の内容、試験データ、顧客への説明内容、契約条件、取引経緯、社内権限規程などによって判断が異なります。

個別案件では、事実関係を丁寧に確認したうえで対応方針を検討する必要があります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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