
『社喰い』を読んで考える中小企業M&A|買い手を見極める「逆DD」の重要性
2026.08.15
お盆休みに、片田江康男氏の『社喰い』を読みました。
M&Aに関わる仕事をしている立場として、非常に考えさせられる一冊でした。
M&Aというと、一般的には「会社をいくらで売るのか」「どのような条件で譲渡するのか」という点に目が向きがちです。
しかし、中小企業のM&A、とりわけ事業承継を目的とするM&Aでは、それだけでは十分ではありません。
「この会社を、誰に託すのか」
これもまた、極めて重要な問題です。
M&Aは単なる「会社の売買」ではない
法律上、株式譲渡によるM&Aは株式という財産の売買です。
しかし、実際の会社は株式だけで成り立っているわけではありません。
そこには、従業員がいます。
長年付き合ってきた取引先があります。
金融機関との信用があります。
そして、創業者や経営者が何十年にもわたって築いてきた歴史や理念があります。
中小企業の場合、会社と経営者の人生がほとんど一体になっているケースも珍しくありません。
そのためM&Aは、単に会社の所有権を移転する行為ではなく、
「これまで築いてきた会社の未来を、次の経営者に託す行為」
でもあると考えています。
「高く売れる買い手」が「良い買い手」とは限らない
M&Aの交渉では、どうしても譲渡価格が重要になります。
もちろん経営者にとって、できるだけ良い条件で会社を譲渡することは重要です。
しかし、価格だけで買い手を判断することにはリスクがあります。
例えば、
- 買収後にどのような経営をするのか
- 従業員の雇用をどのように考えているのか
- 既存の取引先との関係を維持するのか
- 会社の資産や資金をどのように扱うのか
- 過去に買収した企業をどのように経営しているのか
といった点は、譲渡価格だけでは分かりません。
特に事業承継型のM&Aでは、
「いくらで買ってくれるか」だけではなく、「買収した後、この会社をどうするつもりなのか」
まで確認する必要があります。
通常のM&Aでは「買い手が売り手を調査する」
M&Aでは一般的に、買い手が売り手企業に対してデューデリジェンス(DD)を行います。
法務DDでは、例えば次のような事項を確認します。
- 重要な契約関係
- 訴訟・紛争リスク
- 労務問題
- 許認可
- 知的財産
- 株主・株式関係
- コンプライアンス上の問題
買収した後に想定外の問題が発生しないよう、売り手企業のリスクを確認するためです。
これはM&Aにおいて非常に重要なプロセスです。
しかし、『社喰い』を読みながら、改めて感じたことがあります。
売り手側にも「逆DD」が必要ではないか
それは、
「売り手側も買い手を調査する必要がある」
ということです。
私はこれを、いわば「逆DD」と考えています。
買い手が売り手企業を調査するのと同じように、売り手側も、
- 買い手企業の財務状況
- 過去のM&A実績
- 買収後の経営実績
- 代表者や経営陣の経歴
- 買収資金の調達方法
- 買収後の経営方針
- 従業員の処遇方針
などを確認する必要があります。
特に中小企業の場合、M&A成立後に経営者が会社から離れることもあります。
一度株式を譲渡してしまえば、元経営者が会社の経営に介入できる範囲は大きく限定されます。
だからこそ、契約を締結する「前」に買い手を見極めることが重要なのです。
契約書だけでは会社を守れないこともある
弁護士としてM&Aに関与すると、株式譲渡契約書の作成やチェックを行うことがあります。
契約書では、例えば、
- 譲渡価格
- 支払方法
- 表明保証
- 補償条項
- クロージング条件
- 経営者の退任
- 競業避止義務
などを定めます。
もちろん、契約書を適切に作ることは極めて重要です。
しかし、契約書だけですべてのリスクを防げるわけではありません。
例えば、「会社を大切に経営すること」を契約書で完全に担保することは困難です。
だからこそ、
契約条件を検討すると同時に、「誰と契約するのか」を確認することが必要です。
弁護士の役割は「契約を成立させること」だけではない
M&Aに関わる専門家は、ともすると「どうすればこの案件を成立させられるか」という方向に意識が向きます。
しかし、経営者側の弁護士としては、それだけではいけないと考えています。
場合によっては、
「このM&Aは本当に進めてよいのでしょうか」
と一度立ち止まることを提案する必要もあります。
M&Aは成立すること自体が目的ではありません。
M&A後も会社が存続し、従業員が働き続け、取引先との関係が維持され、事業が成長していく。
そこまで含めて、初めて良いM&Aだったと言えるのではないでしょうか。
M&Aのゴールは「成約」ではなく、その先にある
後継者不足が深刻化する中、M&Aは中小企業の事業を次世代につなぐ非常に有効な手段です。
だからこそ、M&Aそのものに対する信頼を損なうような取引をできるだけ減らしていかなければなりません。
売り手企業を調査する法務DD。
契約条件を守る株式譲渡契約書。
そして、買い手そのものを確認する「逆DD」。
これらを組み合わせながら、
「M&A成立後、その会社がどうなるのか」
というところまで考える。
『社喰い』を読み、M&Aに携わる弁護士として改めて意識したいと感じました。
M&Aを検討している経営者の方にとっても、単に「会社を売る」という視点だけではなく、「会社の未来を誰に託すのか」を考えるきっかけになる一冊だと思います。
丸の内経営法律事務所では、M&Aに関する法務DD、株式譲渡契約書の作成・リーガルチェック、事業承継に関するご相談に対応しています。
M&Aを進めるべきか迷っている段階でも、ご相談いただけます。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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