
取締役が顧客を持って独立する疑いがあるとき、会社が最初にやるべきこと
2026.06.27
導入
中小企業では、古参幹部が会社の売上や顧客関係を大きく支えていることがあります。
特に、保守メンテナンスや修理対応のような仕事では、「会社」よりも「あの人に頼めば何とかなる」という属人的な信頼で取引が続いていることも少なくありません。
しかし、その古参幹部が独立を考え、顧客に接触し、スタッフにも声をかけている疑いが出たとき、会社は非常に難しい判断を迫られます。
「すぐ追い出すべきだ」
「でも、その人がいないと現場が回らない」
「顧客も一緒に持っていかれるのではないか」
「しかも株主でもある」
こうなると、単なる退職トラブルでは済みません。
私は、この問題の本質は、取締役Cをすぐ辞めさせるかどうかではなく、会社が顧客情報・保守体制・社内の信頼をどの順番で守るかにあると考えます。
相談事例
ある業務用厨房機器の販売・保守メンテナンス会社での話です。
この会社は、飲食店、病院、介護施設、学校給食関連会社などに厨房機器を販売し、その後の保守契約で安定収益を得ていました。
新規販売の利益率はそれほど高くありません。
しかし、修理、定期点検、緊急対応が積み上がることで、会社の利益を支えていました。
その保守部門を長年仕切ってきたのが、取締役Cです。
Cは創業者時代からの古参社員で、現場経験が長く、顧客からの信頼も厚い人物でした。
飲食店の店主からは、次のように言われることもありました。
「Cさんに電話すれば何とかしてくれる」
「社長よりCさんの方が現場をわかっている」
「夜でも来てくれるから助かる」
社長もCを信頼していました。
社長:
「Cさんがいなければ、保守部門はここまで大きくならなかった」社長:
「20%株も持ってもらっているし、家族みたいなものだ」
しかし、ここ1年ほど、社長とCの関係は悪化していました。
原因は、社長が保守部門の標準化を進めようとしたことです。
- 修理履歴をシステムに残す
- 顧客別の対応履歴を共有する
- 機器ごとの故障傾向を若手にも見えるようにする
社長としては、Cに依存しすぎた状態を変えたいという考えでした。
しかしCは反発します。
C:
「現場はシステムで回るものじゃない」C:
「客は俺を信頼している」C:
「若手に全部見せたら責任感がなくなる」C:
「社長は現場を知らない」
保守スタッフの一部もCに従っていました。
特にベテラン2名は、Cを親分のように見ていました。
一方、若手スタッフは困っていました。
若手スタッフ:
「Cさんに聞かないと顧客対応がわからない」若手スタッフ:
「修理履歴が残っていないので、同じトラブルを何度も確認する」若手スタッフ:
「Cさんの機嫌が悪いと質問できない」
そんな中、複数の顧客から営業部に問い合わせが入りました。
顧客:
「Cさんが独立するって本当ですか」顧客:
「保守契約は今後どちらと続ければいいんですか」顧客:
「Cさんから、今後は自分の会社で見られるかもしれないと聞きました」
社長がCに確認すると、Cはこう答えました。
C:
「独立を考えているのは事実です」C:
「でも、まだ何も決まっていません」C:
「顧客に迷惑をかけないよう相談しているだけです」C:
「俺が取ってきた客も多い。全部会社のものと言われても納得できない」
さらに、経理責任者が不審なアクセスに気づきました。
Cが夜間や休日に、社内の顧客管理システムへアクセスしていたのです。
閲覧していたのは、保守契約一覧、顧客別修理履歴、機器型番、緊急連絡先、契約単価、次回点検予定などでした。
CSVでのダウンロード履歴もありました。
会社では、Cが取締役で保守責任者だったため、顧客情報へのアクセス権限は広く設定されていました。
ただし、営業秘密としての区分管理やアクセスログ確認ルールは曖昧でした。
秘密保持誓約書も、入社時の簡単なものしかありません。
さらに、保守スタッフの1人が専務に相談してきました。
保守スタッフ:
「Cさんから、独立したら一緒に来ないかと言われました」保守スタッフ:
「今より給料を少し上げると言われました」保守スタッフ:
「でも、会社に言ったら裏切り者扱いされそうで怖いです」
社内は分裂し始めます。
- C派のベテランは、社長の指示に反応しなくなる
- 若手は誰につけばよいかわからない
- 営業部は顧客問い合わせに追われる
- 事務スタッフは、「Cさんの新会社の連絡先を教えてほしい」と聞かれて困る
社長は怒ります。
社長:
「会社の顧客を持って出ていくつもりなのか」社長:
「取締役なのに裏切りだ」社長:
「すぐ辞任させて、株も買い取って追い出したい」
しかし、経理責任者は慎重でした。
経理責任者:
「Cさんは20%株主です」経理責任者:
「取締役でもあります」経理責任者:
「感情的に追い出すと、株主として反撃してくるかもしれません」経理責任者:
「顧客に“会社がCさんを不当に追い出した”と言い回られたら困ります」
さらに銀行からも、保守契約の更新率低下や保守部門責任者の退任可能性について質問が出ていました。
まさに、競業準備、顧客情報、スタッフ引き抜き、株主トラブル、取引先信用が同時に絡む場面です。
この問題の本質
私は、この問題の本質は「Cをすぐ切るかどうか」ではないと考えます。
もちろん、Cの行動が事実なら重大です。
取締役でありながら、在任中に独立準備を進め、会社の顧客へ接触し、スタッフを勧誘し、顧客情報をダウンロードしていたなら、会社として放置できません。
しかし、感情的に動くと、逆に会社が不利になります。
- Cは20%株主である
- Cは取締役でもある
- 保守部門の顧客やベテランスタッフとの関係が強い
- 会社側の営業秘密管理が十分とは言い切れない
つまり、単に「裏切り者だから追い出す」という対応では済まないのです。
最初にやるべきことは、怒ることではありません。
証拠を押さえることです。
- 何をダウンロードしたのか
- いつアクセスしたのか
- どの顧客に何を話したのか
- どのスタッフを勧誘したのか
- 会社の規程はどうなっているのか
- 顧客情報は営業秘密として管理されていたのか
- Cの取締役としての権限はどこまでだったのか
- 株主としてどのような権利行使が想定されるのか
ここを整理しないまま動くと、Cに反撃の材料を与えることになります。
よくある失敗
この場面でよくある失敗は、Cを直ちに解任して出社停止にすることです。
気持ちはわかります。
顧客情報を持ち出されたかもしれない。
スタッフを引き抜かれそうになっている。
顧客にも独立の話をしている。
この状態で社内に残すのは危険に見えます。
しかし、証拠や手続を整えないまま強硬に動くと、Cから「不当な追い出しだ」と反撃される可能性があります。
Cが株主として帳簿閲覧を求めたり、顧客に会社批判を広げたりする可能性もあります。
もう一つの失敗は、早く円満解決しようとして、証拠保全前に株式買取や辞任交渉に入ることです。
Cが警戒すれば、顧客接触やスタッフ勧誘が加速するかもしれません。
データや記録が消される可能性もあります。
さらに危険なのは、主要顧客に対して、次のようにすぐ通知することです。
「Cは独立準備をしています」
「会社とは無関係です」
顧客から見ると、社内紛争に巻き込まれた印象になります。
Cの悪口に見える説明をすれば、名誉毀損や信用毀損の問題にもなりかねません。
顧客に伝えるべきことは、C批判ではありません。
会社として保守契約を継続し、正式窓口を明確にすることです。
私ならどう考えるか
私なら、まず証拠を保全します。
- 顧客情報へのアクセスログ
- CSV出力履歴
- メールやチャットの記録
- 顧客からの問い合わせ内容
- スタッフ勧誘を受けた人の証言
- Cの職務権限
- 秘密保持誓約書
- 情報持ち出し禁止規程
- 株主構成
- 取締役会や株主総会の手続
これらを整理します。
同時に、Cの権限を必要最小限に制限することを検討します。
- 顧客情報の一括ダウンロードを止める
- CSV出力を承認制にする
- 顧客情報へのアクセス範囲を見直す
- 顧客連絡窓口を会社の正式窓口に一本化する
ただし、ここでも感情的な処分ではなく、会社の情報管理上必要な措置として進めることが重要です。
そして、保守対応の暫定分担を作ります。
Cがいなくなった瞬間に保守が止まるなら、会社は顧客を守れません。
緊急修理、定期点検、契約更新、重要顧客対応について、誰が代替できるのかを確認します。
若手、営業、保守スタッフ、専務が分担して、C1人に集中していた情報と対応を分散させる必要があります。
最善策
私が最初に優先すべきだと考えるのは、次の対応です。
顧客情報アクセスログ、CSV出力履歴、顧客への発言、スタッフ勧誘、契約書、規程、株主構成を保全・整理する。
同時に、保守対応の暫定分担、顧客説明方針、Cの権限制限を検討する。
これが最も現実的です。
Cを解任するか。
辞任協議をするか。
株式を買い取るか。
損害賠償や差止めを検討するか。
これらは、いずれ必要になる可能性があります。
しかし、それは証拠と体制を整えた後です。
最初に守るべきものは、顧客情報、保守契約、スタッフ、会社としての説明力です。
なぜ法律だけでは解決できないのか
このケースでは、取締役の忠実義務、競業避止、営業秘密、不正競争、従業員引き抜き、株主権、取締役解任、株式買取などが問題になります。
法律上の整理は重要です。
しかし、法律だけではこの問題は解決しません。
仮にCの行動に問題があったとしても、保守対応が止まれば顧客は離れます。
仮にCを解任できたとしても、C派のベテランスタッフが一緒に辞めれば現場は混乱します。
仮に顧客情報の持ち出しを問題にできても、会社側の秘密管理が甘ければ、主張は弱くなります。
さらに、顧客は社内の法的争いには関心がありません。
顧客が知りたいのは、次のことです。
- 今後も修理に来てくれるのか
- 緊急時の連絡先はどこなのか
- これまでの機器履歴を会社が把握しているのか
- Cさんがいなくても大丈夫なのか
だからこそ、法的対応と同時に、保守体制と顧客説明を整える必要があります。
実務上のチェックポイント
このようなケースでは、私は次の点を確認します。
1. 顧客情報へのアクセスログ
いつ、誰が、どの情報にアクセスしたのか。
CSV出力があるなら、対象データと日時を確認します。
2. 顧客接触
Cがどの顧客に、何を話したのか。
会社批判や独立後の契約打診があったのか。
3. スタッフ勧誘
誰が声をかけられたのか。
条件提示があったのか。
退職予定者がいるのか。
4. 情報管理
顧客情報、契約単価、修理履歴、緊急連絡先が営業秘密として管理されていたのか。
アクセス権限や秘密表示、持ち出し禁止規程があったのか。
5. Cの立場
取締役としての権限、株主としての持株比率、株主間契約の有無、株式譲渡制限を確認します。
6. 保守継続体制
Cが抜けた場合、どの顧客対応が止まるのか。
誰が代替できるのか。
どの顧客から優先的に説明すべきか。
7. 銀行説明
保守契約更新率、顧客流出リスク、後継体制を数字で説明できるようにします。
まとめ
古参取締役が独立し、顧客やスタッフを引き連れて出ていく疑いがあるとき、社長が怒るのは当然です。
信頼していた相手であれば、裏切られた感情も強くなります。
しかし私は、このケースで最初にやるべきことは、Cを感情的に追い出すことでも、すぐ株式買取交渉に入ることでも、顧客に社内紛争を知らせることでもないと考えます。
まず、顧客情報アクセスログ、CSV出力履歴、顧客発言、スタッフ勧誘、契約書、規程、株主構成を保全・整理すること。
同時に、保守対応の暫定分担、顧客説明方針、Cの権限制限を検討すること。
この順番が必要です。
重要なのは、Cを責めることではありません。
- 会社として、顧客を守れるか
- 保守契約を維持できるか
- スタッフの分裂を抑えられるか
- 証拠を失わずに次の一手を打てるか
私は、それがこの場面での最善の経営判断だと考えます。
免責文
本記事は、中小企業における取締役・株主・顧客情報トラブル時の経営判断を考えるための一般的なケーススタディです。
実際の事案では、取締役の権限、株主構成、契約書、就業規則、秘密保持契約、顧客情報の管理状況、アクセスログ、スタッフ勧誘の事実、顧客対応の経緯などによって判断が異なります。
個別案件では、事実関係を丁寧に確認したうえで対応方針を検討する必要があります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
COLUMNコラム
2026.06.27
取締役が顧客を持って独立する疑いがあるとき、会社が最初にやるべきこと
2026.06.26
工場長のパワハラで若手社員が休職したとき、製造業の会社が最初に守るべきもの
2026.06.25
クリニックの個人情報漏えいが疑われたときの初動対応|子どものWeb問診情報を守るために
2026.06.24
一人親方の現場事故で会社が最初にすべき対応|労災・外注管理・安全配慮のポイント
2026.06.23
老舗店M&Aで買収後トラブルが発覚したときに最初に守るべきものとは
2026.06.22
商品を真似されたかもしれないとき、最初に守るべきものは何か
NEWSお知らせ
2026.04.27
ゴールデンウイーク期間中の休業日のご案内
2025.12.11
冬期休暇のお知らせ
2024.09.2
債権回収セミナー開催しました。
2024.08.17
スタートアップの支援もしています。
2024.07.23
夏季休暇のお知らせ
2024.07.18
経営の羅針盤
