大口顧客から値上げを拒否されたら?赤字受注を続ける前に考えるべきこと

2026.08.17

「原材料が上がっているので、価格を改定させてください。」

そうお願いしたところ、大口顧客から、

「契約期間中ですよね。今の価格で供給してください。」

と言われた。

しかも、その顧客は会社売上の25%を占めている。

こうなると経営者としては非常に悩みます。

値上げを強く求めれば、大口顧客を失うかもしれない。

しかし現行価格を維持すれば、製造するほど利益がなくなっていく。

私は、この問題で最初に考えるべきなのは、単純に「値上げできるか、できないか」ではないと考えます。

先に決めるべきなのは、

「どの商品を、どの条件なら、会社として受注する価値があるのか」

です。

相談事例

ある化粧品OEMメーカーでは、最大顧客A社の美容液やクリームを製造しています。

A社向けの年間売上は約4億6,000万円。

会社全体の売上約18億4,000万円のうち、約25%を占める最大顧客です。

取引は6年前から続いています。

A社がまだ小さかった頃から商品開発に協力し、小ロット生産にも対応してきました。

その後A社の商品がSNSなどで人気となり、取引額も大きくなりました。

一見すると、会社にとって非常に重要な成功取引です。

ところが、ここ1年で状況が変わりました。

原材料価格が上がり、原価率が91%に

A社商品に使用している海外原料の仕入価格が大幅に上昇しました。

容器、包装資材、物流費なども上がっています。

その結果、A社向け商品の製造原価率は、

従来72% → 現在91%

まで上昇しました。

ここに営業、人件費、品質管理などのコストまで考えれば、ほとんど利益が残りません。

一部商品については、実質的に赤字です。

そこで会社は、A社に平均12%の価格改定を申し入れました。

しかしA社からは、

「年間価格で契約しています。原材料が上がったからといって、途中で変更されては困ります。」

と拒否されました。

契約書には「価格改定について協議する」と書いてある

A社とのOEM基本契約には、原材料価格や物流費など製造原価に著しい変動が生じた場合、価格改定について誠実に協議するという条項があります。

これは価格交渉をするうえで重要な条項です。

しかし問題があります。

「何%上昇したら価格を変更できるのか」が書かれていません。

さらに、協議がまとまらなかった場合にどうするのかも決められていません。

加えて、現在の商品価格表には、

「有効期間:2026年12月31日まで」

と記載されています。

A社は、

「少なくとも年末までは、この価格で供給してください。」

と主張しています。

この問題の本質

私は、この問題の本質は「12%の値上げを認めてもらえるか」ではないと考えます。

本当に確認すべきなのは、

「A社との取引は、現在の条件でも会社に利益をもたらしているのか」

という点です。

売上4億6,000万円という数字だけを見ると、絶対に失ってはいけない顧客に見えます。

しかし、その取引によって会社全体の営業利益が約7,600万円から約2,800万円まで低下する可能性がある。

さらに、A社対応のために休日出勤まで発生している。

利益率の高い他の顧客への対応まで遅れている。

ここまで含めて考える必要があります。

売上が大きいことと、会社への貢献が大きいことは同じではありません。

よくある失敗① 「最大顧客だから赤字でも守る」

大口顧客との価格交渉でよく出てくるのが、

「ここを失ったら売上が落ちる。だから今は我慢しよう。」

という判断です。

短期間なら、それが合理的な場合もあります。

問題は、期限を決めずに続けることです。

赤字でも受注するのであれば、少なくとも、

  • なぜ赤字を受け入れるのか
  • いくらまでの赤字なら許容するのか
  • いつまで続けるのか
  • その間に何を改善するのか

を決める必要があります。

期限のない赤字受注は、戦略とは言いにくくなります。

よくある失敗② 「12%上げるか、取引を止めるか」の二択にする

反対に、

「12%値上げを認めないなら受注しません。」

と迫るのも危険です。

A社にも事情があります。

A社は半年前に消費者向け価格を値上げしたばかりです。

さらに価格を上げれば、SNSなどで「また値上げか」と反応されることを恐れています。

つまり、相手も単純に値上げを拒否しているとは限りません。

だから私は、12%という一つの数字だけで交渉しません。

私なら、まず商品別の採算を出す

最初に確認するのは契約書だけではありません。

商品ごとの採算です。

例えば、

  • 販売価格
  • 原材料費
  • 容器・包装資材
  • 製造変動費
  • 追加人件費
  • 休日対応費
  • 物流費

などを商品別、ロット別に整理します。

そのうえで、

「どの商品を、いくら以上なら受けるのか」

を決めます。

ここが決まっていなければ、価格交渉をしても、どこまで譲歩できるのか判断できません。

売上ではなく「限られた製造時間」を見る

製造業では、もう一つ重要な視点があります。

それが生産能力です。

A社から大量発注が来ても、工場の能力が無限にあるわけではありません。

A社向けの製造を優先することで、利益率の高い別の顧客を後回しにするのであれば、その失われた利益も考える必要があります。

つまり、

「4億6,000万円売れるから重要」

だけでは判断できません。

限られた設備と人員を、どの顧客に使えば会社全体の利益が最大になるのか。

そこまで見る必要があります。

値上げ交渉を「価格だけの交渉」にしない

私ならA社に12%の一括値上げだけを要求しません。

複数の選択肢を用意します。

例えば、

  • まず一部を値上げし、次回価格表で追加改定する
  • 一定数量以上の発注なら価格を抑える
  • 短納期発注には追加料金を設定する
  • 最低発注ロットを変更する
  • 発注量を平準化して休日生産を減らす
  • 容器や包装資材を変更する
  • 代替原料を検討する

といった方法です。

重要なのは、

「値上げしてください」ではなく、「この取引を持続可能にするには何を変えるか」という交渉にすること

です。

価格を上げられないなら、条件を変える

A社には年内の小売価格を維持したい事情があります。

それなら、自社の値上げをすべて小売価格へ転嫁する必要がない方法も検討できます。

例えば包装仕様を見直す。

発注ロットを大きくする。

短納期発注を減らす。

製造計画を平準化する。

一部原料を変更する。

こうした方法で製造コストが下がれば、双方の負担を減らせる可能性があります。

価格交渉とは、単価だけを交渉することではありません。

6,500万円の専用設備に引っ張られない

この会社はA社向けに約6,500万円の専用充填機を導入しています。

社長としては、

「まだ設備投資を回収していないのだから、A社との取引は続けなければならない。」

と思うかもしれません。

しかし、ここは注意が必要です。

設備投資をしたという過去の事実と、これから赤字受注を続けるべきかという判断は分けて考える必要があります。

私なら、

  • 設備を他の商品に転用できないか
  • 他の顧客向けに利用できないか
  • 追加改造によって用途を広げられないか

も同時に検討します。

社長同士の関係だけで解決しない

A社社長と自社社長には6年間の付き合いがあります。

A社が小さかった頃には、自社が小ロット生産にも対応しました。

そのため、

「昔のことを分かってくれている社長に直接話せば、値上げを認めてもらえるのではないか。」

と考えたくなるかもしれません。

トップ同士で話すこと自体は悪くありません。

しかし私は、過去の恩義を価格交渉の中心にはしません。

A社も成長し、購買部門を持つ会社になっています。

必要なのは、

「昔助けたのだから値上げしてほしい」ではなく、「今後も安定供給するために、この条件変更が必要です」と説明すること

です。

現場の疲弊も「原価」と考える

今回のケースで見逃してはいけないのが、製造現場です。

A社の販売が好調なため、短納期の追加発注が増えています。

その対応で休日出勤も発生しています。

社員から見れば、

「利益の出ない仕事のために、なぜ自分たちが休日まで働くのか。」

という疑問が出て当然です。

この状態が続けば、離職やモチベーション低下という別のコストにつながります。

会計上の原価だけではなく、組織が負担しているコストも見る必要があります。

「顧客を失うリスク」だけを見ない

大口顧客との値上げ交渉では、どうしても、

「A社を失ったらどうする?」

という話になります。

もちろん重要です。

しかし私は、もう一つの質問も必要だと思います。

「今の条件でA社との取引を続けたら、会社はどうなる?」

という質問です。

現在の条件を続ければ、

  • 利益が減る
  • 現場が疲弊する
  • 高採算顧客への対応が遅れる
  • 原材料がさらに上がる可能性がある
  • A社への依存度がさらに高まる

というリスクがあります。

顧客を失うリスクと、顧客を抱え続けるリスク。

両方を比較する必要があります。

来週の大型発注をどうするか

今回、A社から通常月の約1.8倍となる大型発注が予定されています。

しかも来週金曜日までに生産枠を確保してほしいと言われています。

ここで私は、価格問題全体を1週間で解決しようとはしません。

まず確認するのは、

「今回の大型発注を、どの条件なら受けられるのか」

です。

採算がほぼゼロになるのであれば、無条件に生産枠を確保しません。

原材料価格の上昇資料などを示したうえで、数量、納期、仕様、価格などを組み合わせて暫定条件を交渉します。

なぜ契約書だけでは解決できないのか

この問題では、価格表の有効期間や価格改定協議条項を確認することは重要です。

しかし、契約書だけ見て、

「年末までは現行価格だから仕方がない。」

で終われば、経営判断として十分ではありません。

反対に、

「原材料が上がったから一方的に値上げする。」

というのも危険です。

法律上どうなのか。

契約上どうなのか。

それと同時に、

  • どの商品が利益を出しているのか
  • どの商品が赤字なのか
  • 生産能力を何に使うべきか
  • 顧客を失った場合どうなるのか
  • 現在条件を続けた場合どうなるのか
  • 社員への負担はどうなのか

まで考える必要があります。

この問題は単なる値上げ交渉ではありません。

限られた経営資源を、どの顧客に、どんな条件で使うのかという経営判断です。

実務上のチェックポイント

  • 基本契約書の価格条項を確認したか
  • 価格改定協議条項があるか
  • 価格表の有効期間を確認したか
  • 個別発注を必ず受ける義務があるか
  • 商品別原価を把握しているか
  • ロット別の採算を把握しているか
  • 短納期対応コストを計算しているか
  • 休日出勤のコストを反映しているか
  • 他の顧客への機会損失を確認しているか
  • 原材料価格上昇の資料を準備しているか
  • 値上げ以外の原価削減案があるか
  • 最低発注ロットを見直せないか
  • 発注平準化を交渉できないか
  • 専用設備を他の商品へ転用できないか
  • 大口顧客への売上依存度を確認しているか
  • 赤字受注を許容する期限を決めているか

今後の契約書で考えたい価格改定ルール

原材料価格が変動する取引では、単に、

「価格改定について協議する」

だけでは、実際に価格が上がったときに揉める可能性があります。

例えば今後は、

  • どの原材料を基準にするのか
  • 何%程度の変動を見直しの目安とするのか
  • いつ価格改定協議を開始するのか
  • 改定価格をいつから適用するのか
  • 協議中の新規発注をどう扱うのか
  • 協議がまとまらない場合どうするのか

などを契約段階で考えておく必要があります。

価格改定条項は、「話し合いましょう」で終わらせず、実際に価格が動いたときの出口まで考えておくことが重要です。

まとめ

大口顧客から値上げを拒否された。

契約価格は年末まで残っている。

しかし原材料価格が上がり、製造原価率は91%。

このような状況で、私は最初から取引停止を選びません。

しかし、

「最大顧客だから仕方がない」

と赤字受注を続けることもしません。

まず商品別、ロット別に採算を出します。

そして、

「どんな条件ならA社との取引を続ける価値があるのか」

を数字で決めます。

そのうえで、価格だけでなく、数量、納期、仕様、包装、発注方法まで含めて交渉します。

重要なのは、最大顧客を守ることではありません。

会社が持続可能な状態で、重要顧客との取引を続けられるかです。

売上が最大だからといって、利益への貢献も最大とは限りません。

私は、値上げ交渉で最初に決めるべきなのは「何%上げるか」ではなく、

「この仕事を、どの条件なら受けるのか」

だと考えます。


※本記事は、経営判断を考えるための架空の事例をもとに作成しています。実際のOEM契約、価格改定、受発注、取引条件等については、契約内容、取引実態、当事者間の交渉経緯その他の具体的事情によって判断が異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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