契約社員を「無期転換前に雇止めしたい」と思ったら、私はどう考えるか

2026.08.25

有期契約の社員について、経営者からこんな相談が出ることがあります。

「このまま更新すると無期転換の問題が出る。次回は更新しない方がいいのではないか」

特に、その社員がベテランで技術力は高いものの、組織ルールに従わない、若手への技術承継が進まない、といった問題を抱えている場合、判断はさらに難しくなります。

私は、この問題を「無期転換前に切るか、残すか」の二択で考えないことが重要だと考えます。

先に見るべきなのは、

「法的にどの選択肢が残っているのか」

そして、

「その人しか持っていない技術を、会社としてどう残すのか」

です。

相談事例

ある精密機器メーカー向けの技術者派遣・請負会社を想定します。

従業員は約140名、年商は約18億円。

最大顧客1社で売上の約31%を占めています。

問題となったのは、57歳の契約社員Aさんです。

Aさんは約5年前に入社し、1年契約を毎年更新してきました。

長年設備保全に携わってきたベテランで、特に古い設備への対応力は非常に高い人です。

  • 異音だけで故障箇所を推定できる
  • 廃番部品の代替方法を知っている
  • 図面がなくても修理できる
  • 顧客現場からの信頼が厚い

顧客からも、

「Aさんがいれば古い設備は安心だ」

と言われています。

一方で、社内では別の問題が出ていました。

技術はある。しかし組織で使いにくい

会社は2年前、28歳の正社員BさんをAさんの後輩として配置しました。

目的は技術承継です。

ところがAさんは、Bさんから質問されても、

「そんなことも分からないのか」

「設備を見れば分かる」

と答えることが多く、具体的なノウハウの移管が進みませんでした。

さらに会社が電子作業記録を導入すると、Aさんは、

「紙の方が早い」

「現場を知らない人間が作った制度だ」

と反発。

入力しないため、若手社員が代わりに記録する状態になりました。

顧客先で設備トラブルが起きた際には、Aさんが独自判断で応急修理を行い、生産停止を短時間で抑えたこともあります。

顧客からは称賛されました。

しかし会社から見ると、正式な手順を一部飛ばし、事後報告も十分ではありませんでした。

つまりAさんは、

「技術力は高い。しかし組織として管理しにくい」

人材になっていました。

若手社員が限界を迎え始めた

その結果、技術承継を受けるはずだったBさんが異動を希望します。

理由は、

「技術を教えてもらえない」

「Aさんのフォローばかりしている」

「このままでは成長できない」

というものでした。

Bさんは会社が将来のリーダー候補として育成している社員です。

会社としては、Aさんを失うのも困る。

しかしBさんを失うのも困る。

ここで問題がさらに複雑になります。

「5年を超える前に更新しなければいい」は危険

人事が契約状況を確認したところ、Aさんは1年契約を繰り返しており、無期転換ルールとの関係が問題になる時期に近づいていました。

社長は、

「それなら5年を超える前に更新しなければいい」

と考えました。

私は、この発想だけで進めるのは危険だと考えます。

有期契約が反復更新され、一定の条件を満たす場合には、無期転換申込権の問題があります。

しかし同時に、長年の更新状況や会社側の説明内容によっては、雇止めについても慎重な判断が必要になります。

今回、Aさんには約5年間の更新実績があります。

さらに前任の技術部長が、

「健康で働けるうちは、うちでずっと働いてもらいたい」

という趣旨の発言をしていたことも分かりました。

Aさん本人も、

「60歳までは仕事があると言われている」

と認識しています。

契約書に1年と書いてあるから、それだけで自由に終了できるとは限らない。

私は、まずここを丁寧に整理します。

この問題の本質

私は、このケースの本質は、Aさんを残すか切るかではないと考えます。

本当の問題は、

会社の重要技術が一人の契約社員の頭の中に残っていること

です。

Aさんがいなければ古い設備に対応できない。

顧客もAさんを頼っている。

若手もAさんの知識を十分に引き継げていない。

この状態で契約終了の話をしている。

つまり、人事問題より先に、キーパーソン依存という経営問題があります。

私なら最初に何をするか

私なら、契約更新か雇止めかを先に決めません。

まず二つの作業を同時に始めます。

一つ目は、契約関係の整理。

二つ目は、Aさんしか持っていない技術の洗い出し。

この二つを並行します。

契約関係では何を見るか

  • 最初の契約開始日
  • 過去の契約期間
  • 更新回数
  • 契約書上の更新基準
  • 就業規則
  • 過去の面談記録
  • 会社側が継続雇用を期待させる説明をしていないか
  • 過去の指導記録

を整理します。

技術面では何を見るか

  • Aさんしか修理できない設備
  • 廃番部品の代替ノウハウ
  • 故障時の判断基準
  • 顧客固有の注意点
  • 過去の応急修理事例
  • Bさんへ未移管の技術

を洗い出します。

私は、ここを急ぎます。

なぜなら、Aさんを雇止めした後に、

「実は誰もこの設備を直せません」

となっても遅いからです。

Aさんを切る前に、Aさんしかできない仕事を減らす

これは非常に重要です。

会社がAさんに依存している状態で契約終了を交渉すると、会社側の選択肢は狭くなります。

逆に、技術が複数人に移管されれば、会社は落ち着いて判断できます。

私は、

「Aさんを残すか切るか」を考える前に、「Aさんがいなくても困らない会社」に近づける

ことが重要だと考えます。

改善機会も具体的にする

一方で、Aさんに改善の余地があるかも確認します。

Aさんの問題は技術力不足ではありません。

問題なのは、

高い技術力を、会社のルールの中で使えるかどうか

です。

例えば会社が求める行動を、

  • 作業記録は本人が入力する
  • 標準手順から外れる場合は事前・事後報告を行う
  • 技術課長の指示に従う
  • Bさんへの同行指導を行う
  • 毎月一定数の技術資料を作成する

と具体化します。

「もっと協調性を持ってください」

では曖昧です。

何をすれば改善と評価するのかを明確にする必要があります。

若手を我慢させ続けるのも違う

経営者は、

「Aさんには技術がある。Bさんは若いのだから少し我慢してもらえばいい」

と考えてしまうかもしれません。

私は、それも危険だと思います。

Bさんは28歳で、将来のリーダー候補です。

Aさんが57歳だから若手を優先する、という単純な話ではありません。

しかし、会社が毎回、

「ベテランの能力が高いから若手が我慢する」

という判断をすると、若手社員は会社に将来性を感じなくなります。

重要なのは、どちらかを犠牲にすることではありません。

Aさんの技術を会社へ残しながら、Bさんが育つ状態を作ることです。

顧客の「Aさんが必要」もそのまま受け取らない

今回、最大顧客の現場責任者はAさんを高く評価しています。

一方、品質管理部門は、

「個人依存を解消してほしい」

と求めています。

私は、顧客が本当に欲しいのはAさん本人ではなく、

「Aさんレベルの対応能力を安定的に提供してくれる会社」

だと考えます。

だからこそ会社としては、

「Aさんを残します」

ではなく、

「古い設備について複数名で対応できる体制にします」

という方向を目指すべきです。

法的リスクだけを理由に残し続けない

逆に、雇止めの法的リスクがあるからという理由だけでAさんの継続雇用を決めるのも違います。

会社としては、

  • 指示への対応
  • 手順遵守
  • 記録
  • 技術承継
  • 若手育成

などを評価する必要があります。

法的リスクを避けることは大切です。

しかし、

「揉めるのが怖いからずっと残す」

では経営判断にはなりません。

短期・中期・長期で考える

短期

契約履歴と過去の説明を整理し、法的な選択肢を確認します。

同時にAさんの技術を洗い出します。

中期

Aさんへ改善項目を具体的に提示し、技術移管を進めます。

Bさんの負担も軽減します。

長期

特定のベテラン一人に技術が集中しない仕組みへ変えます。

契約社員、正社員を問わず、重要ノウハウを個人の頭の中だけに残さない会社へ変える必要があります。

実務上のチェックポイント

私なら、少なくとも次の事項を確認します。

  • Aさんの最初の契約開始日
  • これまでの契約期間と更新回数
  • 契約書の更新基準
  • 就業規則の雇止め・更新規定
  • 過去の更新面談で何を説明したか
  • 継続雇用を期待させる発言がなかったか
  • Aさんへの過去の指導内容
  • 改善状況
  • 電子記録を拒否した事実
  • 作業手順から外れた事例
  • 顧客からの評価内容
  • 品質管理部門からの指摘内容
  • Aさんしかできない業務
  • 既に文書化されている技術
  • Bさんへ移管済みの技術
  • Bさんの異動・退職意思
  • 他の技術者で代替できる範囲
  • 専門職としての配置可能性
  • Aさんを継続した場合の組織への影響
  • Aさんがいなくなった場合の顧客への影響

最初に守るべきものは何か

私なら、このケースでは次の順番で考えます。

法的な選択肢を確認する

Aさんの技術を会社へ移す

Bさんを含む若手社員を守る

顧客対応を複数人化する

Aさんの改善可能性を確認する

更新・配置変更・終了を判断する

最初から結論を決めないことが重要です。

まとめ

長年更新してきた契約社員について、

「無期転換の前に雇止めした方がいいのではないか」

と考える場面はあります。

しかし私は、そこで更新終了を先に決めません。

まず契約履歴を確認します。

会社がどのような説明をしてきたのか確認します。

そして同時に、その人しか持っていない技術を会社へ移します。

今回の問題は、雇止めの問題であると同時に、技術承継とキーパーソン依存の問題だからです。

重要なのは、Aさんを守ることでも、Bさんを守ることでもありません。

会社として重要な技術を残し、次世代が育ち、顧客サービスも維持できる状態を作ることです。

私は、

「無期になる前に切るか」ではなく、「法的な選択肢を確認しながら、Aさんの技術を会社の技術に変える」

ことを先に考えます。

そしてAさんへの依存を下げた状態で、継続か配置変更か終了かを判断する。

それが、このケースの最初の一手だと考えます。


※本記事は一般的な経営判断の考え方を整理したものであり、個別案件における法務・労務上の判断を示すものではありません。実際の有期労働契約の更新、雇止め、無期転換、配置変更等は、契約期間、更新回数、過去の説明、就業規則、本人の勤務状況その他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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