
業務委託のつもりが「実質社員」と言われたとき、最初に考えるべきこと
2026.06.16
導入
Web制作会社や広告運用会社では、フリーランスのデザイナー、ライター、コーダーに業務を依頼することがよくあります。
正社員だけでは対応しきれない案件を、外部の力を借りて進める。
これは、中小企業にとって現実的な経営判断です。
しかし、業務委託として依頼していたはずの相手から、ある日突然、
「実質的には社員と同じ働き方だった」
「未払いの残業代がある」
「一方的な契約終了は不当だ」
と言われることがあります。
私は、この問題の本質は、契約書の名前が「業務委託契約」だったかどうかではなく、実際の働き方が社員に近づきすぎていたことにあると考えます。
事案の整理
あるWeb制作・広告運用会社での話です。
この会社は、地域のクリニック、美容サロン、工務店、士業事務所などを顧客にして、Webサイト制作、LP制作、SNS広告運用、SEO記事制作を行っていました。
従業員は22名。
ただ、正社員だけでは案件を回しきれないため、業務委託のライター、デザイナー、コーダーを約30名ほど活用していました。
社長は、こう考えていました。
社長:
「うちは、フリーランスの人たちにも自由に働いてもらっている」社長:
「正社員より高い単価を払っている」社長:
「外注さんというより、仲間として一緒にやってきた」
一方で、現場の実態は少し違っていました。
特に、長年依頼していたフリーランスデザイナーのBさんは、週5日、ほぼ毎日会社のチャットにログインしていました。
朝10時のオンライン朝礼にも参加していました。
制作責任者は、Bさんに日常的に指示を出していました。
制作責任者:
「Bさん、この修正、今日中に上げられますか?」制作責任者:
「この案件は優先度が高いので、他の案件より先にお願いします」制作責任者:
「クライアント対応があるので、平日昼間は連絡が取れるようにしておいてください」制作責任者:
「勝手に休まれると困ります。スケジュールが読めなくなるので」
Bさんは、最初は協力的でした。
Bさん:
「わかりました。今日中に対応します」Bさん:
「ただ、他社案件もあるので、少し調整させてください」
しかし、だんだん会社側の要求は強くなっていきました。
報酬は案件単価制という建前でしたが、実際には毎月ほぼ同じ金額が支払われていました。
納品物ごとの検収も曖昧でした。
営業責任者は、一部の業務委託ライターに会社のメールアドレスを付与し、顧客とのやり取りも直接任せていました。
外から見ると、社員と業務委託の区別はほとんどつかない状態でした。
トラブルの発生
3か月前、大口案件である美容クリニックグループのLP制作が炎上しました。
顧客から修正依頼が何度も入り、制作現場はかなり逼迫していました。
制作責任者はBさんに連絡しました。
制作責任者:
「Bさん、すみません。今日の夜も対応できますか?」
Bさんは答えました。
Bさん:
「夜間対応が続いています。契約の範囲を超えていると思うので、追加費用を相談させてください」
制作責任者は、少し強い口調で返しました。
制作責任者:
「この案件を落とすと会社が厳しいんです。今まで助け合ってやってきたじゃないですか」
Bさんはさらに言いました。
Bさん:
「土日対応も増えています。さすがにこの量は、通常の業務委託の範囲ではないと思います」
制作責任者は、こう返しました。
制作責任者:
「ここで対応できないなら、今後の発注は考え直さざるを得ません」
その後、Bさんは体調を崩し、納期直前に対応できなくなりました。
社長は強く怒りました。
社長:
「このタイミングで抜けられたら困る。もうBさんとの契約は終了しよう」
ところが、Bさんは黙っていませんでした。
他の業務委託ライター2名、コーダー1名と連絡を取り、まとめて会社に主張してきました。
Bさんたち:
「私たちは実質的には社員と同じ働き方をしていました」Bさんたち:
「朝礼参加を求められていました」Bさんたち:
「稼働時間も事実上指定されていました」Bさんたち:
「他社案件より御社案件を優先するよう求められていました」Bさんたち:
「月額固定に近い報酬で、会社の指揮命令下にありました」Bさんたち:
「夜間・休日対応分の報酬が未払いです」Bさんたち:
「契約終了は一方的で不当です」Bさんたち:
「フリーランス新法上も問題があるのではないですか」
さらに、BさんはSNSにも投稿しました。
「某Web制作会社に業務委託として使われていましたが、実態は社員同然。夜中まで働かされ、体調を崩したら切られました」
社名は出ていません。
しかし、過去の制作実績や投稿内容から、業界内では会社が特定されつつありました。
社内の反応
社長は腹を立てていました。
社長:
「高い報酬を払ってきたのに、裏切られた気分です」社長:
「労働者扱いなんて認めたら、会社が潰れます」社長:
「SNS投稿は名誉毀損ではないですか」
制作責任者も強く反発しました。
制作責任者:
「Bさんは自由に働いていましたよ」制作責任者:
「高単価でお願いしていたんです」制作責任者:
「忙しい時に助け合うのは当然じゃないですか」制作責任者:
「ここで譲ったら、他の外注にも示しがつきません」
一方で、若手ディレクターは不安を感じていました。
若手ディレクター:
「正直、外注さんにかなり無理をお願いしていました」若手ディレクター:
「業務委託なのに、社員のように扱っていた面はあると思います」若手ディレクター:
「SNSで炎上したら、採用にも影響します」
営業責任者は、顧客対応を心配していました。
営業責任者:
「Bさんが担当していた案件のデザインデータや制作経緯が整理されていません」営業責任者:
「急に関係が切れると、納品中の案件が止まります」
つまり、問題はBさんとの紛争だけではありません。
進行中案件の停止リスク、SNS炎上、他の外注先への波及、社内不信、顧客納期遅延が同時に起きていたのです。
この問題の本質
私は、この問題の本質は「業務委託か雇用か」という形式論だけではないと考えます。
もちろん、法律上は労働者性が大きな論点になります。
契約書に「業務委託」と書いてあっても、実態として会社の指揮命令下で働いていた場合、労働者と判断される可能性があります。
たとえば、次のような事情です。
- 朝礼への参加を求めていた
- 平日昼間の連絡対応を求めていた
- 業務の優先順位を細かく指示していた
- 勝手に休まれると困ると言っていた
- 報酬が月額固定に近かった
- 顧客から社員のように見えていた
こうした事情が重なると、業務委託という建前が弱くなります。
しかし、それ以上に重要なのは、会社が外注先を経営上どう位置づけていたかです。
成果物を依頼する外部パートナーなのか。
それとも、社員に近い形で日常的に稼働してもらう戦力なのか。
ここが曖昧なまま、「うちは家族的なチームだから」という感覚で進めていたことが、今回の問題を大きくしました。
よくある失敗
この場面でよくある失敗は、感情的に徹底抗戦することです。
「契約書は業務委託になっている」
「本人もフリーランスとして請求書を出していた」
「だから労働者のはずがない」
こう言いたくなる気持ちはわかります。
しかし、実態が社員に近ければ、契約書の名前だけでは守り切れません。
次に危険なのは、すぐに全面的に謝って、追加報酬を払って終わらせようとすることです。
一見、早く収まりそうに見えます。
しかし、条件を整理せずに払ってしまうと、他の外注先にも波及します。
「あの人には払ったのに、なぜ自分には払わないのか」
こうなると、問題が広がります。
もう一つ危険なのは、SNS投稿に社長や制作責任者が感情的に反論することです。
「事実無根だ」
「裏切りだ」
「名誉毀損だ」
このような発信は、火に油を注ぐ可能性があります。
特に、投稿内容に一部でも事実が含まれている場合、会社側が強く反論すると、かえって炎上することがあります。
私ならどう考えるか
私なら、最初にやることは、争うことでも、謝ることでもありません。
まず、進行中案件と外注先の稼働実態を棚卸しします。
具体的には、Bさんが担当していた案件を確認します。
- どの案件が進行中なのか
- 納期はいつか
- デザインデータはどこにあるのか
- 顧客との約束はどうなっているのか
- 代替できるデザイナーはいるのか
まず顧客納期を守る体制を作ります。
同時に、証拠を保全します。
- Bさんとの契約書
- 請求書
- チャットのやり取り
- 朝礼参加の記録
- 夜間・休日対応の指示
- 追加報酬の請求履歴
- 契約終了を伝えた文面
- SNS投稿の内容
これらを消さずに保存します。
そして、社長、制作責任者、営業責任者がバラバラにBさんたちへ連絡しないよう、交渉窓口を一本化します。
ここを間違えると、感情的な発言が記録に残り、紛争が悪化します。
最善策
私が最初に優先すべきだと考えるのは、次の対応です。
現在進行中の案件と外注先の稼働実態を棚卸しする。
Bさんたちとのやり取り、指示内容、報酬体系、契約書、SNS投稿を保全する。
同時に、顧客納期を守るための代替制作体制を作り、交渉窓口を一本化する。
これが最も現実的です。
この対応なら、法的リスクと経営リスクの両方に対応できます。
労働者性の問題を判断する材料を確保しながら、顧客への納品遅延も防ぐ。
SNS対応も感情的に行わず、状況を見て判断できる。
まず守るべきは、顧客納期、証拠、社内の不用意な発言を止めることです。
なぜ法律だけでは解決できないのか
この問題は、法律だけで見れば、労働者性、未払い賃金、フリーランス新法、契約解除、知的財産権、SNS投稿対応などが論点になります。
しかし、法律だけで解決しようとすると、経営判断を誤ることがあります。
たとえば、会社が法的に争う姿勢を強めすぎると、SNSで炎上し、他の外注先が離れ、顧客納期も遅れるかもしれません。
逆に、早く収めたいからといって全面的に支払いや謝罪をすれば、他の外注先にも影響し、外注費が一気に膨らむ可能性があります。
また、制作責任者を一方的に責めれば、社内の制作体制が崩れます。
Bさんだけを悪者にすれば、若手社員は「会社にも問題があったのに」と不信感を持ちます。
重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。
実務上のチェックポイント
このようなケースでは、私は次の点を確認します。
1. 業務委託契約書の内容
業務内容、納期、検収、報酬、解除条件、知的財産権、追加費用が明確になっているかを確認します。
2. 実際の働き方
朝礼参加が義務だったのか。
平日昼間の連絡対応を求めていたのか。
業務の諾否の自由があったのか。
他社案件を受ける自由があったのか。
ここが非常に重要です。
3. 報酬体系
案件単価制なのか、月額固定に近いのか。
納品物ごとの検収があったのか。
時間に対して支払っていたような実態がないかを見ます。
4. 顧客からの見え方
会社メールアドレスを付与していたか。
顧客対応を直接任せていたか。
社員と外注先の区別ができる状態だったか。
5. 進行案件への影響
Bさんが抜けた場合、どの案件が止まるのか。
制作データは確保できているのか。
代替制作体制を組めるのか。
この確認をせずに紛争対応だけを進めると、顧客信用を失います。
今後の再発防止
この問題を一度きりで終わらせるには、外注管理の仕組みを作り直す必要があります。
業務委託として依頼するなら、成果物単位で発注する。
業務内容、納期、検収、報酬、修正範囲、追加費用を明確にする。
勤務時間を指定しない。
朝礼参加を義務化しない。
他社案件の受注を制限しない。
顧客対応を任せる場合は、立場を明確にする。
一方で、毎日稼働してもらい、会社の指示で動いてもらい、時間的拘束も必要なら、雇用化を検討すべきです。
「外注だけど社員のように動いてほしい」
この状態が一番危険です。
まとめ
業務委託は、中小企業にとって大切な経営手段です。
しかし、外注先を社員のように使い続けると、ある日突然、大きな紛争になります。
私は、このケースで最初にやるべきことは、徹底抗戦でも、全面謝罪でもないと考えます。
まず、進行中案件を止めないこと。
次に、契約書、チャット、報酬、指示内容、SNS投稿を保全すること。
そして、交渉窓口を一本化し、顧客納期を守るための代替制作体制を作ることです。
短期的には、案件停止と炎上を防ぐ。
中期的には、Bさんたちとのリスクを個別に評価する。
長期的には、業務委託と雇用の線引きを作り直す。
この順番が必要です。
重要なのは、契約書のタイトルではありません。
実際にどう働いていたかです。
そして、感情的に誰かを責めることでもありません。
会社の信用、顧客納期、外注網、社内の信頼をどう守るかです。
私は、これがこの場面での最善の経営判断だと考えます。
免責文
本記事は、中小企業の経営判断を考えるための一般的なケーススタディです。
実際の事案では、契約書の内容、稼働実態、報酬体系、指示命令の程度、SNS投稿の内容、進行案件の状況などによって判断が異なります。
個別案件では、事実関係を丁寧に確認したうえで対応方針を検討する必要があります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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