
後継社長と古参幹部が対立したとき、最初に守るべきものは何か
2026.06.14
導入
事業承継後の会社で、よく起きる問題があります。
それは、社長交代はしたものの、実際の権限や株式、顧客との関係、現場の信頼関係が整理されていない状態です。
表向きは「長男が社長になった」「次世代に引き継いだ」と見えていても、会社の中では前社長である会長が強い影響力を持ち続けている。
古参幹部は、現場や顧客からの信頼を握っている。
新社長は改革を進めたいが、社内では「数字ばかり見ている」と反発される。
こうした状態で、主要顧客への値上げ交渉や組織改革を急ぐと、社内対立が一気に表面化します。
私は、この問題の本質は「誰が正しいか」ではなく、社長交代後も会社の実権が分散したまま放置されていたことだと考えます。
相談事例
ある精密金属加工会社での話です。
この会社は、自動車部品メーカーや産業機械メーカー向けに、試作部品や小ロットの精密加工を行っています。
創業者である会長は72歳。
5年前に長男へ社長を譲りました。
ただし、株式の55%は今も会長が持っています。
社長は45歳。改革志向が強く、利益率改善のために、採算の悪い案件の見直しや値上げ交渉、勤怠管理の厳格化、不良率の見える化を進めてきました。
数字上は、一定の成果が出ていました。
しかし、現場の空気は悪化していました。
ある日、社長は工場長からこう言われます。
工場長:
「社長、最近のやり方は少し急ぎすぎです。現場を見ずに、表の数字だけで判断しているように見えます」
社長は反論します。
社長:
「でも、赤字に近い案件を昔の付き合いだけで受け続けるわけにはいきません。利益が出なければ、設備投資も昇給もできません」
工場長は、納得していない様子でした。
工場長:
「それはわかります。でも、長年の顧客との関係は、数字だけでは見えません。短納期に応えてきたから、次の仕事も来ていたんです」
一方、専務も社長への不満を強めていました。
専務は会長の弟で、創業期から営業を支えてきた人物です。
主要顧客との関係も深く、社内では今も強い影響力があります。
ある日、大手部品メーカーA社の担当者から、専務に直接連絡が入りました。
A社担当者:
「専務さん、最近の御社は少し融通が利かなくなりましたね。今回の8%値上げも、いきなり言われて困っています」
専務は、社長に確認せずに答えました。
専務:
「私から会長にも話しておきます。急に関係を壊すようなことはさせません」
その後、専務は会長、工場長、経理責任者である社長の姉に、個別に話をして回りました。
専務:
「このままでは会社が壊れる。社長は数字しか見ていない」専務:
「会長が元気なうちに、体制を戻した方がいい」専務:
「A社との関係まで壊したら、取り返しがつかない」
社長の耳にも、その話は入ってきました。
社長は強い危機感を持ちます。
社長:
「専務は、私を社長から引きずり下ろそうとしているんじゃないですか」
さらに、経理責任者である姉からも、不穏な話が出ます。
経理責任者:
「会長の株式をどうするか、家族内でも話が出ています。専務は、自分が株式を買い取るか、少なくとも議決権を預かる形にしたいと言っています」
社長は、ますます追い詰められます。
社長:
「このままでは、私は社長の肩書だけで、実権を全部奪われます。専務を取締役から外して、A社対応も私の直轄に戻すべきではないでしょうか」
しかし、ここで専務を切れば、A社との関係が悪化するかもしれません。
工場長が反発すれば、現場の中核社員が一斉に辞める可能性もあります。
若手管理職からは、逆の不満も出ています。
若手管理職:
「改革しようとすると、古参が全部つぶす」若手管理職:
「社長が本気で守ってくれないなら、外に出た方がいい」
銀行からも、後継体制について確認が入っています。
銀行担当者:
「会長、社長、専務の意思決定ラインが見えにくいです。次回の更新時には、後継体制と株式承継の見通しを説明してください」
この会社は、顧客、現場、株式、親族、銀行、若手人材の問題が一気に絡み合った状態になっていました。
この問題の本質
私は、この問題の本質は、専務が悪い、社長が悪い、という単純な話ではないと考えます。
もちろん、専務が社長に無断で主要顧客に対応し、会長や工場長を巻き込んで社長交代の空気を作ることは、会社統治上、大きな問題です。
取締役である以上、会社全体の利益を考えて行動する必要があります。
しかし一方で、社長にも見落としていたことがあります。
値上げや改革は、数字だけで進めると現場の納得を失います。
長年の顧客関係を支えてきた専務や工場長の感覚を軽く扱えば、反発が起きるのは自然です。
さらに大きな問題は、会長が株式の過半数を持ったまま、重要な意思決定に口を出し続けていることです。
社長は代表者ですが、支配権は会長に残っています。
専務は営業と顧客を握っています。
工場長は現場の信頼を握っています。
つまり、この会社では、社長の肩書と実際の権限が一致していないのです。
よくある失敗
この場面でよくある失敗は、社長が感情的に専務排除に動くことです。
「専務が裏で動いている」
「会社を乗っ取ろうとしている」
「だからすぐに外す」
この気持ちは理解できます。
しかし、専務を直ちに主要顧客対応から外せば、A社は不安になります。
「長年の窓口だった専務が突然外れた」
「社内でもめているのではないか」
そう受け止められれば、取引縮小のきっかけになります。
もう一つの失敗は、A社との関係維持を優先しすぎて、専務に全面的に任せてしまうことです。
一見、顧客対応としては安全に見えます。
しかし社内には、「やはり実権は専務にある」と映ります。
そうなると、社長の求心力はさらに落ちます。
若手管理職も、「改革は結局つぶされる」と感じて離れていきます。
さらに危険なのは、全員を集めた会議で、いきなり専務の行動を責めることです。
準備不足のまま会議を開くと、会長、専務、工場長が防御姿勢に入ります。
会議が事実整理の場ではなく、権力闘争の場になってしまいます。
私ならどう考えるか
私なら、最初に問題を4つに切り分けます。
1. A社との顧客対応
A社との関係は守る必要があります。
ただし、専務が単独で話すのも、社長が専務を排除して話すのも危険です。
まずは会社としての暫定窓口を一本化します。
「今後のA社対応は、社長と専務が社内で方針を確認したうえで、会社として回答する」
この形を作ります。
2. 社内権限の整理
社長、専務、会長の誰が何を決めるのか。
営業方針、値上げ交渉、設備投資、人事、主要顧客対応について、権限が曖昧なままでは同じ問題が繰り返されます。
3. 株式承継
会長が55%を持ったままでは、社長の地位は不安定です。
会長が本当に長男へ承継する意思を持っているのか。
専務へ株式や議決権を渡す考えがあるのか。
家族内で曖昧にせず、正面から確認する必要があります。
4. 現場不満
工場長や古参社員の不満を、単なる抵抗勢力と決めつけてはいけません。
その中には、顧客対応や品質、納期に関する実務上の警告が含まれている可能性があります。
一方で、若手管理職の不満も無視できません。
改革を進める人材が離れれば、会社の将来は弱くなります。
最善策
私が最初に優先すべきだと考えるのは、次の対応です。
顧客対応、社内権限、株式承継、現場不満を切り分けて事実整理する。
まずA社には、会社としての暫定窓口を一本化する。
同時に、会長を含めて、株式・役割・意思決定ルールの協議を設定する。
これが最も現実的です。
この場面で、専務をすぐに切るのは危険です。
反対に、専務に全面的に任せるのも危険です。
重要なのは、A社に対して「会社として一枚岩で対応している」と見せることです。
そして社内では、誰がどの権限を持つのかを文書化していくことです。
なぜ法律だけでは解決できないのか
法律上は、取締役の忠実義務、取締役解任、株式譲渡、議決権、利益相反などが問題になります。
しかし、この問題は法律だけでは解決できません。
たとえば、法的に専務を解任できるとしても、それを実行した結果、A社が離れ、工場長が反発し、古参社員が辞めれば、会社は大きな損失を受けます。
逆に、法的リスクを恐れて何もせず、専務の影響力を放置すれば、社長の権限は空洞化します。
法律上どうか。
経営上どうか。
現場は動くか。
顧客はどう受け止めるか。
銀行はどう見るか。
若手は残るか。
この複数の視点を同時に見なければなりません。
重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。
実務上のチェックポイント
このようなケースでは、私は次の点を確認します。
1. A社の売上比率と粗利率
A社は本当に守るべき取引先なのか。
売上は大きいが利益が薄いのか。
値上げしなければならない理由は、数字で説明できるのか。
まずここを確認します。
2. 専務がA社に何を伝えたのか
「急に関係を壊すようなことはさせない」と言ったのであれば、A社は社長方針が覆ると期待している可能性があります。
その期待を放置すると、次の交渉がさらに難しくなります。
3. 会長の本音
会長は本当に社長へ承継する意思があるのか。
それとも、専務の方が安心だと感じ始めているのか。
ここを確認しないままでは、社長の立場は安定しません。
4. 株式の行方
社長が15%、会長が55%という状態では、社長の立場は強くありません。
株式承継の方針を決めなければ、経営権争いは終わりません。
5. 現場の不満の中身
現場の声を、改革反対と決めつけてはいけません。
本当に社長の説明不足なのか。
顧客対応に無理があるのか。
若手登用への感情的反発なのか。
ここを分けて見る必要があります。
まとめ
事業承継は、社長の肩書を渡せば終わりではありません。
株式、権限、顧客関係、現場の信頼、会長の関与。
これらを整理しないまま改革を進めると、古参幹部との対立が一気に表面化します。
私は、このケースで最初にやるべきことは、専務の排除ではないと考えます。
A社への対応を会社として一本化し、同時に、社内権限、株式承継、現場不満を切り分けて整理することです。
短期的には、主要顧客との関係を守る。
中期的には、社長・専務・会長の役割を明確にする。
長期的には、株式承継と意思決定ルールを整える。
この順番が必要です。
社長にとっては悔しい場面かもしれません。
専務の動きに腹が立つのも当然です。
しかし、感情で動けば、会社全体が権力闘争に巻き込まれます。
重要なのは、専務に勝つことではありません。
顧客を守り、現場を守り、若手を守り、会社の将来を守ることです。
私は、それがこの場面での最善の経営判断だと考えます。
免責文
本記事は、中小企業の経営判断を考えるための一般的なケーススタディです。
実際の事案では、株式構成、定款、取締役会の有無、取引先との関係、社内規程、過去の経緯、証拠関係などによって判断が異なります。
個別案件では、事実関係を丁寧に確認したうえで対応方針を検討する必要があります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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