
少数株主から帳簿閲覧を求められたとき、経営者が最初に確認すべきこと
2026.07.19
退任した元役員から、過去の会計帳簿や取締役会議事録を見せるよう求められた。
さらに、臨時株主総会を開き、社長の解任や関連会社との取引調査まで要求されている。
このような状況になると、経営者は相手の動機を疑いたくなります。
「退任させられた腹いせではないか」
「会社の内部情報を持ち出すつもりではないか」
「こちらは過半数の株式を持っているのだから、要求を拒否すればよい」
そう考えるのも無理はありません。
しかし私は、この問題で最初に確認すべきことは、少数株主の要求をどう拒否するかではないと考えます。
会社側が、資金の使い方と意思決定の合理性を説明できる状態にあるか。
まず、ここを確認する必要があります。
相談事例
ある学習塾運営会社では、現社長と元専務が共同で会社を創業しました。
元専務は2年前に取締役を退任しましたが、現在も会社株式の25%を保有しています。
その元専務から、会社へ書面が届きました。
要求されたのは、過去5年分の総勘定元帳、社長の弟が経営する広告会社との契約資料、社長夫妻の役員報酬、社用車や会員制施設の利用記録、社員持株会の議決権行使記録などです。
さらに、臨時株主総会を開催し、社長の解任、社外取締役の選任、関連会社との取引調査、役員報酬の見直しを議題とするよう求めていました。
社長と妻は合計65%の株式を保有しています。
そのため社長は、株主総会を開いても議案は否決できると考えていました。
また、退任した元役員に会社の内部資料を見せる必要はないとして、要求を全面的に拒否しようとしていました。
しかし、社内資料を確認すると、元専務の指摘を単なる嫌がらせとして片づけられない事情が見つかりました。
この問題の本質
社長の弟が経営する広告会社には、年間約7,000万円が支払われていました。
その広告によって、多くの入塾者を獲得している実績はあります。
一方で、8年間にわたり相見積りは取られていません。
契約上の業務範囲は曖昧で、広告効果を測る具体的な指標も設定されていませんでした。
一部の業務は別会社へ再委託され、市場価格より20%から30%程度高い可能性もありました。
また、社長が使用する会社名義の高級車は、平日の校舎訪問だけでなく、休日の家族旅行にも使われていました。
法人契約の会員制施設も、幹部研修と社長夫妻の私的利用が混在しています。
社長の妻は取締役として高額の報酬を受けていましたが、具体的な職務内容や成果を示す資料は十分に残されていませんでした。
私は、この問題の本質は、元専務が会社を攻撃していることではないと考えます。
経営者一族への支出について、会社が客観的な資料で説明できないこと。
これが本質的な問題です。
よくある失敗
議決権の数だけで押し切る
社長側が過半数を持っていれば、通常の株主総会議案を否決できる可能性はあります。
しかし、議案を否決できることと、少数株主の請求手続を無視できることは別です。
帳簿閲覧や株主総会の招集について、一定割合以上の株式を持つ株主に権利が認められる場合があります。
法律上の要件を確認せず、「少数派だから拒否する」と考えるのは危険です。
要求された資料をすべて渡す
反対に、透明性を示すため、求められた資料を無条件で全部渡せばよいとも限りません。
帳簿、取締役会議事録、社員持株会資料では、閲覧請求の根拠や手続が異なります。
資料には、顧客情報、従業員情報、広告データ、取引先との秘密情報が含まれる可能性もあります。
対象範囲、閲覧方法、秘密情報の保護を分けて考える必要があります。
社員持株会を社長の票として扱う
社員持株会が株式を保有しているからといって、その議決権が当然に社長側へ回るとは限りません。
持株会規約、会員の意思確認方法、理事長の権限、過去の議決権行使を確認する必要があります。
社長が人事権を背景に賛同を求めれば、現場社員の反発を強める可能性があります。
先に株式買取りを提案する
株主間対立の出口として、元専務が保有する株式の買取りは有力な選択肢です。
しかし、調査前に買取りを持ちかけると、不適切な取引を隠すために少数株主を追い出そうとしていると受け取られかねません。
株式価値の算定でも、広告会社との取引や私的経費の扱いが争点になります。
私ならどう考えるか
私なら、元専務へ反論する前に、会社側の弱点を短期間で調べます。
まず、要求を一括して扱いません。
- 株主総会の招集請求
- 会計帳簿の閲覧請求
- 取締役会議事録の閲覧
- 役員報酬に関する資料
- 社員持株会に関する資料
それぞれについて、法的根拠、対象範囲、回答期限、会社が応じる方法を整理します。
同時に、社長の弟が経営する広告会社との取引、社長夫妻の経費、役員報酬、持株会運営を調査します。
重要なのは、元専務に勝つための調査ではありません。
会社の支出と意思決定に、第三者へ説明できる合理性があるかを確認する調査です。
最善策
最善策は、関係資料を保全し、経営者と元専務の双方から一定の距離を置いた立場で、短期間の調査を行うことです。
広告会社との取引については、直ちに契約を全面停止するのではなく、自動更新をいったん止めます。
その上で、次の項目を明確にします。
- 具体的な業務範囲
- 広告の成果指標
- 価格の根拠
- 再委託の条件
- 広告データの帰属
- 契約終了時の引継ぎ方法
必要であれば、短期契約へ切り替え、相見積りを実施します。
社用車や会員制施設に私的利用があれば、利用記録を整理し、私的部分を精算します。
役員報酬については、株主総会などの決定手続だけでなく、担当業務、責任、成果を明文化します。
問題が明らかになった部分は、元専務から追及される前に自主的に是正すべきです。
なぜ法律だけでは解決できないのか
法律上、どの資料を閲覧させる必要があるのか、会社がどのような場合に拒否できるのかを確認することは重要です。
しかし、法律上拒否できる資料をすべて拒否しても、社員や金融機関の不信感が消えるわけではありません。
この会社では、講師の退職、校舎設備の老朽化、保護者からの苦情も増えていました。
広告費を使って生徒を集めても、教育現場の品質が低下すれば、退塾や口コミ悪化につながります。
法律上は広告会社との契約を続けられたとしても、教育現場への投資が不足して会社の競争力が落ちれば、経営判断として合理的とはいえません。
短期・中期・長期を分けて考える必要があります。
短期では、資料保全と株主請求への回答を行います。
中期では、関連会社取引や役員経費を調査し、問題を是正します。
長期では、広告投資と教育現場への投資配分、株主間の情報提供、配当、株式買取りなどを整理します。
実務上のチェックポイント
- 定款と株主名簿を確認する
- 少数株主から届いた請求書面を分類する
- 帳簿、契約書、議事録、メールを保全する
- 関連会社との取引価格と成果を検証する
- 役員報酬の決定手続と職務実態を確認する
- 社用車や施設の私的利用を整理する
- 社員持株会の議決権行使ルールを確認する
- 関連会社との契約更新期限を管理する
- 講師賃金や教育設備へ振り向けられる予算を試算する
- 金融機関へ調査と改善の方針を説明する
まとめ
少数株主から帳簿閲覧や臨時株主総会を求められたとき、経営者は相手の動機に目を奪われがちです。
もちろん、会社の情報を守ることは必要です。
しかし私は、相手の要求を拒否する前に、会社側が自分たちの判断を説明できる状態にあるかを確認すべきだと考えます。
資料を保全する。
株主の要求を法的根拠ごとに分ける。
関連会社との取引、役員報酬、経費、持株会運営を独立した立場で調べる。
問題があれば、追及される前に是正する。
その上で、情報開示、株主総会、株式買取りを交渉する。
重要なのは、議決権で勝つことではなく、経営の合理性を説明できる会社にすることです。
これが最初の一手です。
※本記事は、経営判断を考えるための架空の事例をもとに作成しています。実際の株主権、資料開示、役員責任、税務処理、個人情報の取扱い等は、個別の事実関係によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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