定年再雇用した元部長が現部長より強いとき、私はどう考えるか

2026.08.30

定年後も会社に残ってもらった元部長が、現部長より強い影響力を持ち続けている。

中小企業では、珍しくない問題だと思います。

特に、その人が長年会社を支えてきた功労者であり、主要顧客との関係も強い場合、経営者は簡単には割り切れません。

「今まで会社を支えてくれた人だから大切にしたい」

「でも、現部長に権限を渡さないと組織が前に進まない」

この二つがぶつかります。

私は、この問題の本質は、ベテラン社員を残すか辞めてもらうかではないと考えます。

重要なのは、

「功績と経験は残す。しかし、過去の権限は残さない」

という整理です。

相談事例

ある住宅建材の専門商社を想定します。

従業員は約90名、年商は約24億円。

問題となっているのは、60歳で定年を迎えた元営業部長Aさんです。

Aさんは38年間営業畑で働き、約15年間営業部長を務めました。

会社が苦しい時期には主要顧客をつなぎ止め、売上拡大にも大きく貢献しています。

社長にも強い恩があります。

現在、Aさんは1年契約の嘱託社員として再雇用され、役職は「シニアアドバイザー」。

表向きの役割は、営業支援、若手育成、重要顧客の関係維持です。

ところが実態は違います。

Aさんは今でも、

  • 若手社員へ直接指示する
  • 値引き判断に介入する
  • 顧客クレームへ独断で対応する
  • 現営業部長Bさんの判断を覆す
  • 担当外の顧客へ自分で訪問する

という状態になっています。

正式な営業部長は45歳のBさんです。

しかし社員は、重要な案件になると最後にAさんへ確認します。

その結果、Bさんは社長へ、

「私はAさんと権限を争うために部長になったわけではありません」

と伝え、場合によっては退職するとまで言い始めました。

この問題の本質

私は、この問題の本質は、Aさんの態度の悪さだけではないと考えます。

会社側にも大きな原因があります。

再雇用時に、

「営業部を支援してもらう」

とだけ決めて、

何をしてよくて、何をしてはいけないのかを具体的に決めなかったからです。

「支援」という言葉は便利です。

しかし、組織では非常に曖昧です。

Aさんからすれば、

「経験を使って助けているだけ」

という認識かもしれません。

Bさんからすれば、

「自分の決裁権を奪われている」

という話になります。

若手社員からすれば、

「結局どちらの指示に従えばいいのか分からない」

となります。

つまり問題は、個人間の相性ではなく、会社が二重権力を放置していることです。

よくある失敗1 功労者だから権限を残す

経営者がよくやってしまうのが、

「長年会社に貢献してくれたのだから、ある程度は自由にさせよう」

という対応です。

気持ちは理解できます。

ただし私は、功績に報いることと、経営権限を残すことは別だと考えます。

Aさんの過去の貢献は評価すべきです。

しかし現在の営業部長がBさんであるなら、最終的な営業判断はBさんへ一本化しなければなりません。

そうしなければ、Bさんは責任だけを負うことになります。

値引きはAさんが決める。

顧客対応もAさんが変える。

でも業績責任はBさん。

これは健全な組織ではありません。

よくある失敗2 いきなり全部禁止する

逆に、

「今日から顧客に電話するな」

「部下に指示するな」

「違反したら次回は契約更新しない」

と強く出るのも危険です。

Aさんは38年間会社に勤務しています。

主要顧客との関係もあります。

長年培った交渉力や、顧客ごとの事情も知っています。

これを一気に切れば、会社自身が重要な営業資産を捨てることになります。

私は、Aさんを排除するのではなく、Aさんが持っているものを会社へ移してから権限を外すべきだと考えます。

私なら、まず「権限」と「経験」を分けます

私なら最初に、Aさんの役割を二つに分けます。

一つは、会社として残したいもの。

もう一つは、今後は持たせないものです。

残したいもの

  • 主要顧客との関係
  • 顧客ごとの過去のトラブル履歴
  • 値上げ交渉の経験
  • 競合情報
  • 商談時の注意点
  • 若手への営業ノウハウ

残さないもの

  • 値引きの最終決裁
  • 部下への直接指示
  • 担当者を飛ばした顧客対応
  • 現部長の判断を社員の前で覆すこと
  • 独断での顧客訪問

この線引きをします。

つまり、

「知識は残す。決裁権は移す」

ということです。

最優先で守るべきなのは、B部長の肩書ではない

Bさんは次期取締役候補です。

この人が辞めれば、単に一人の管理職を失うだけではありません。

社員に、

「この会社では正式な役職より、昔からいる人の方が強い」

というメッセージを出すことになります。

私は、こちらの方が中長期では怖いと考えます。

今後、若い管理職を何人昇格させても、古参社員が裏で判断を覆せる会社になるからです。

世代交代が止まります。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社として指揮命令系統が機能するかです。

一方で、Aさんの感情も無視しない

Aさんから見れば、60歳になった途端に、

年収が下がった。

役職がなくなった。

顧客対応にも口を出すなと言われる。

そうなれば、

「38年間会社に尽くしてきたのに、もう邪魔者なのか」

と感じる可能性があります。

私は、この感情を無視して正論だけを言うべきではないと考えます。

だからこそ、Aさんには、

「もう権限はありません」

だけではなく、

「これから半年かけて、Aさんが38年間築いた営業資産を会社に残してほしい」

と伝える方がいいと思います。

これなら、本人の過去を否定せずに役割を変えられます。

顧客関係を会社の資産に変える

Aさんが長年担当した顧客は、年間売上で約5億円あります。

社長は、

「Aさんが辞めたら顧客も離れるのではないか」

と心配しています。

私は、この心配自体が経営課題だと考えます。

もし本当に5億円の売上がAさん一人についているのであれば、その状態を放置してはいけません。

顧客ごとに、

  • Aさん依存度
  • 現担当者との関係
  • 顧客側のキーパーソン
  • 過去の取引経緯
  • 価格交渉履歴
  • 過去のクレーム

を整理します。

そしてAさん、現担当者、B部長の3者で引継ぎを行います。

Aさんが持っている「人脈」を、会社が持っている「顧客関係」に変える必要があります。

半年間の役割を明確にする

私なら、Aさんの半年間の仕事をかなり具体的にします。

例えば、

  • 指定された重要顧客への引継ぎ同行
  • 顧客情報の文書化
  • 若手社員の商談レビュー
  • 過去のトラブル事例の整理
  • B部長から依頼された案件への助言

です。

一方で、

  • 値引き決裁はしない
  • 部下へ直接指示しない
  • 担当外顧客へ独断で訪問しない
  • B部長の方針を会議の場で覆さない

ことも明確にします。

「支援してください」ではなく、行動単位まで落とすことが重要です。

法律だけでは解決できない理由

このケースには、定年後再雇用、継続雇用制度、再雇用契約、職務内容、待遇差など労務上の論点があります。

もちろん、それらの確認は必要です。

ただし法律上可能だからといって、経営上それが最善とは限りません。

例えば、業務命令としてAさんの権限を強く制限できたとしても、その結果、主要顧客との関係や営業ノウハウまで失えば会社には損失が残ります。

逆に、Aさんへの配慮を優先しすぎて権限を残せば、Bさんや若手社員が会社を離れる可能性があります。

法律上の問題だけを見ていては、どちらの損失も防げません。

だから私は、

「人を切るか残すか」ではなく、「何を会社に残し、何を次世代へ移すか」

で考えます。

実務上のチェックポイント

私なら、まず次の点を確認します。

  • Aさんの再雇用契約書の内容
  • 現在の職務内容
  • 正式な指揮命令系統
  • Aさんに残っている決裁権
  • B部長の正式な決裁範囲
  • Aさんが独断で関与した案件
  • 値引きによる利益影響
  • Aさん依存度の高い顧客
  • 現在の担当者との関係
  • Aさんしか知らない顧客情報
  • 若手社員が誰へ相談しているか
  • Bさんが退職をどこまで本気で考えているか
  • Aさん本人が今後どのように働きたいのか
  • 年収と職務内容のバランス
  • 他の再雇用者との処遇の整合性

私ならどう進めるか

私なら、最初の1週間で、営業上の最終決裁者がB部長であることを明確にします。

ただし、Aさんを皆の前で否定するようなやり方はしません。

社長、Aさん、Bさんの3者で、今後の役割を確認します。

次に1か月以内で、Aさんの職務を文章にします。

誰に同行するのか。

どの顧客へ行くのか。

どこまで助言できるのか。

何は決められないのか。

ここを明確にします。

そして3か月から半年程度で、Aさん依存度の高い顧客から順番に複数担当化します。

営業情報も個人の頭の中から、CRMや会社の記録へ移します。

そのうえで、半年後にAさんの次の役割を再設計します。

まとめ

定年再雇用した元部長が、現部長より強い影響力を持っている場合、私はいきなり排除するべきではないと考えます。

しかし、長年の功績があるからといって、昔の権限を残し続けるのも違います。

重要なのは、

功績は残す。人脈も残す。経験も残す。

でも、

決裁権と指揮命令権は次の世代へ渡す。

ということです。

会社に残すべきなのは、その人の「権力」ではありません。

その人が長年かけて築いた「知識」「信用」「経験」です。

そして、それらを会社の資産へ移したうえで、次の責任者が本当に責任を持てる組織に変える。

私は、それがこの問題の最初の一手だと考えます。


※本記事は一般的な経営判断の考え方を整理したものであり、個別案件における法的判断を示すものではありません。実際の再雇用、職務変更、契約更新、賃金・待遇、就業規則等の取扱いは、契約内容や社内制度、具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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