仕事ができるエース社員のパワハラを、会社はどこまで許していいのか

2026.09.01

「仕事ができるから注意しにくい」は、よくある経営課題です

中小企業では、会社の売上や顧客対応を特定の社員が大きく支えていることがあります。

難しい案件はその人に任せれば解決する。

重要顧客からも指名される。

社長から見ても、

「この社員が辞めたら会社が困る」

という存在です。

ところが、その社員について若手から、

  • 怒鳴られる
  • 人前で侮辱される
  • 質問すると馬鹿にされる
  • 休日や深夜まで連絡が来る
  • 一緒に働くのが怖い

という相談が出てきたら、経営者は非常に難しい判断を迫られます。

私は、この問題の本質は、

「その社員を辞めさせるかどうか」ではない

と考えます。

最初に考えるべきなのは、社員を安全に働かせながら、会社がそのエース社員に依存しなくても回る状態を作れるかです。

相談事例

ある業務用空調・冷凍設備会社を想定します。

従業員は約80名、年商は約19億円。

サービス部には41歳のAさんというエース技術者がいます。

Aさんは故障診断能力が非常に高く、大手顧客からも、

「できればAさんをお願いします」

と指名されるほどです。

年間約8,000万円の案件に直接関与しています。

一方で若手社員からは、Aさんについて、

「怒鳴られる」

「ミスをグループチャットで晒される」

「顧客の前で使えないと言われた」

「一緒の夜勤の日は眠れない」

という相談が出ています。

しかも今回が初めてではありません。

過去の退職者も、退職面談でAさんへの恐怖を訴えていました。

管理部からも改善要求が出ていました。

しかし会社は、

「Aさんは昔からああいう人だから」

「仕事はできるから」

として、本格的な対応をしてきませんでした。

この問題の本質

私は、この問題の本質はAさんの性格だけではないと考えます。

会社が長年、Aさんに仕事を集中させすぎたことにも大きな問題があります。

難しい案件が発生する。

若手では対応できない。

Aさんが呼ばれる。

Aさんの残業が増える。

Aさんは「若手が育たないから自分がやるしかない」と感じる。

若手は怒られるのが怖くて質問しなくなる。

さらに若手が育たなくなる。

結果として、またAさんに仕事が集中する。

こうして、

「Aさんがいないと会社が回らない状態」

が完成します。

つまり、Aさん個人の問題と、会社の組織設計の問題が絡み合っています。

よくある失敗① 仕事ができるから我慢する

一番危険なのは、

「確かに言い方は悪い。でもAさんが辞めたら困る」

として問題を先送りすることです。

短期的には合理的に見えます。

しかし、その結果どうなるでしょうか。

若手社員は、

「この会社では売上を作る人なら何をしても許される」

と学習します。

そして、会社が残したかった次世代社員から辞めていきます。

今回も、すでに若手社員3名がAさんとの勤務を拒み、そのうち一人は退職まで考えています。

エース一人を守った結果、次世代を複数失う。

これは経営判断として非常に大きな損失です。

よくある失敗② すぐにAさんを排除する

逆に、

「パワハラの訴えがあった。明日から出社禁止だ」

と結論を急ぐのも危険です。

事実確認前に最終処分を決めることになります。

また、この会社ではAさんが技術的なキーパーソンです。

Aさんを突然外した瞬間に、重大故障へ対応できなくなる可能性があります。

重要なのは、

調査中の暫定措置と、調査後の最終処分を分けること

です。

私ならどう考えるか

私なら、最初にAさんの処分を決めません。

まず、相談者とAさんとの直接接触を減らします。

同じ夜勤に入れない。

Aさんから相談者へ直接連絡させない。

犯人探しをさせない。

相談者の名前を必要以上に広げない。

そのうえで、

  • チャット履歴
  • メール
  • 過去の相談記録
  • 退職面談記録
  • 勤務記録
  • 目撃者
  • Aさん本人の説明

を確認します。

大事なのは、

「Aさんは悪い人だ」という前提で調査しないこと

です。

業務上必要な厳しい指導だった部分と、許容されない言動を分けて確認します。

同時に「Aさんがいなくても回る会社」を作る

ここが、法律対応だけでは足りない部分です。

Aさんの問題を調査している間にも、顧客対応は続きます。

そこで私は、Aさんが対応している業務を棚卸しします。

  • Aさんしか直せない設備は何か
  • 他のベテランで対応できる案件は何か
  • 外注できる案件は何か
  • 若手へ移せる技術は何か
  • マニュアル化できる判断は何か

これを整理します。

会社として本当に怖いのは、

「Aさんが問題社員だった」

こと以上に、

「Aさん一人が抜けただけで顧客対応が止まる」

ことです。

これは人事問題ではなく、事業継続上の問題です。

エース社員本人も、属人化の被害者になっている

ここは意外と重要です。

Aさんはこれまで、夜間でも呼び出され、難しい案件を解決し、顧客から感謝され、会社からも、

「やっぱりAがいるからうちは強い」

と言われてきました。

その結果、本人も、

「自分がいないと会社は回らない」

と考えるようになっています。

しかし実際には、会社がその働き方を長年強化してきた側面があります。

だから私は、Aさん本人にも、

「あなたの技術力やこれまでの貢献を否定しているわけではない。ただし、会社として認められない指導方法はある」

と伝えます。

功績を認めることと、問題行為を許すことは別です。

最善策は「難しい仕事をする人」から「難しい仕事を残す人」へ変えること

Aさんの技術を本当に会社へ残したいのであれば、Aさんの役割そのものを変える必要があります。

これまでの、

「難しい案件が出たらAさんが処理する」

という役割から、

「難しい案件を他の社員でも処理できるようにする」

という役割へ変えます。

例えば、設備ごとに、

  • 故障診断の手順
  • 過去のトラブル事例
  • 判断ポイント
  • 部品交換の注意点
  • 顧客ごとの特殊事情

を整理します。

さらに、Aさんしかできない業務を数値化します。

例えば、

現在30種類あるなら、3か月後に20種類、半年後に10種類まで減らす。

こうすれば、技術移転を「頑張ってください」という精神論で終わらせずに済みます。

管理職の責任も確認する

このケースでは、Aさんだけを見てはいけません。

サービス部長は何度も相談を受けながら、

「昔からああいう人だから」

「本人に言っておく」

で処理してきました。

社長も過去の退職者について報告を受けています。

つまり今回の問題は、

Aさんの言動と、会社がそれを長期間放置した問題を分けて検証する必要があります。

ここをAさんだけの問題にすると、別のエース社員が現れたときに同じことが起きます。

なぜ法律だけでは解決できないのか

パワーハラスメントに該当するか。

会社として必要な調査をしていたか。

安全に働ける環境を確保していたか。

長時間労働に問題はなかったか。

こうした法的確認は当然必要です。

しかし、法律上問題となる言動を認定してAさんを処分しただけでは、会社の問題は残ります。

Aさんしかできない仕事が残っているからです。

逆に、Aさんの言動がすべてハラスメントとまでは評価されなかったとしても、若手社員が次々と辞める職場を放置してよいわけでもありません。

法律上セーフかどうかと、経営上その組織を続けてよいかは別問題です。

実務上のチェックポイント

私なら、少なくとも次の点を確認します。

  • 具体的にどのような発言・行為があったのか
  • 日時、場所、同席者は誰か
  • 録音、チャット、メールは残っているか
  • 過去にも同様の相談があったか
  • 退職者の面談記録に何が残っているか
  • 会社は過去にどのような対応をしたか
  • Aさん本人はどう認識しているか
  • Aさんと相談者を一時的に分離できるか
  • Aさんしか対応できない業務は何か
  • 他の社員や外注先で代替できるか
  • Aさんの残業時間はどの程度か
  • 夜間・休日対応を分散できるか
  • 管理職が問題を把握していた時期
  • 若手社員の退職意向
  • 顧客が本当にAさん個人を必要としているのか
  • 技術移転を数値化できるか

まとめ

私は、このケースで最初に行うべきことは、

エース社員を辞めさせることでも、守ることでもない

と考えます。

まず、相談者への報復や接触を防ぎ、正式に事実確認する。

同時に、Aさんがいなくても重要顧客へ対応できる体制を作る。

そのうえで、Aさん本人の処遇、管理職の放置、長時間労働、技術の属人化を分けて整理します。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。

仕事ができる社員を大切にすることは重要です。

しかし、

「その人がいないと会社が回らないから何も言えない」

という状態は、すでに経営リスクになっています。

人を切る前に、依存を切る。

私は、これがこの問題の最初の一手だと考えます。


※本記事は中小企業経営における一般的な考え方を整理したものであり、個別の事案における法的評価や具体的な処分の適否を示すものではありません。実際の判断は、具体的な言動、頻度、職場環境、就業規則、過去の対応、労働時間その他の事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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