親の介護で転勤を拒否されたら、会社はどう判断するべきか

2026.09.05

「管理職なら転勤できて当然」で決めてよいのか

会社として、どうしても立て直したい営業所がある。

そこへ送りたい社員も決まっている。

本人も能力があり、将来の幹部候補。

ところが本人から、

「親の介護があるので転勤できません」

と言われたら、会社はどう判断するべきでしょうか。

経営側からすると、

「管理職なのだから転勤には応じてもらわないと困る」

という考えもあります。

一方で本人からすると、

「昇進したくないのではなく、家族を放置できない」

という事情があります。

私は、この問題を、

「転勤させるか、免除するか」の二択から考えるべきではない

と思います。

相談事例

ある業務用厨房機器会社を想定します。

従業員は約120名。

静岡、浜松、名古屋などに営業拠点があります。

このうち名古屋営業所だけが業績不振。

2年間で売上が約7億円から約4億8,000万円まで落ちています。

営業所長も不在状態が続き、主要顧客からは、

「責任者はいつ決まるんですか」

と言われています。

会社が立て直し責任者として選んだのが、42歳の営業課長Aさんです。

Aさんは大口顧客との価格交渉、若手育成、赤字案件の改善に実績があります。

会社としては、まさに適任です。

しかしAさんには78歳の父親がいます。

父親は要介護状態で、Aさんと妻が介護を担っています。

Aさん自身も朝の身支度、夜間対応、通院同行、緊急時対応をしています。

会社は、

  • 営業所長への昇進
  • 年収約70万円アップ
  • 借上社宅
  • 毎週末の帰宅交通費
  • 月曜午前の在宅勤務

まで提示しました。

しかしAさんは、

「お金や週末帰宅の問題ではありません。平日の夜に何かあったとき動ける人が必要なんです」

と拒否しました。

この問題の本質

私は、この問題の本質は、

「Aさんに転勤命令を出せるか」だけではない

と考えます。

会社が本当に解決したいのは、Aさんを名古屋へ住ませることではありません。

名古屋営業所を立て直すことです。

ここを混同すると、手段が目的になります。

営業所再建に本当に必要なのは何でしょうか。

  • 顧客との関係修復
  • 値引き統制
  • 社員育成
  • 案件判断の迅速化
  • 現場責任者の明確化

だとすれば、それを全部Aさんが名古屋に単身赴任しなければ実現できないのか。

私は、まずそこから考えます。

よくある失敗① 公平性を「全員同じ扱い」と考える

営業本部長は、

「Aさんだけ転勤を認めなければ、みんな家庭事情を理由に断る」

と心配しています。

これは経営側として理解できる不安です。

ただし私は、

公平とは、全員に同じ結論を出すことではない

と考えます。

子どもの受験がある。

親の介護がある。

本人や家族に重大な事情がある。

事情はそれぞれ違います。

重要なのは、誰か一人を特別扱いすることではなく、

「どのような事情なら、何を確認し、どのように配慮を検討するのか」という共通ルールを作ること

です。

これなら、Aさんだけの特例ではありません。

よくある失敗② 会社が十分配慮したつもりになる

今回、会社は社宅、交通費、在宅勤務まで提案しています。

会社としては、

「ここまで配慮したのだから行ってくれてもいいだろう」

と思うかもしれません。

しかしAさんの問題は、経済的負担ではありません。

平日の夜間に父親が転倒したとき、誰が動くのかという問題です。

つまり、

会社が考えた配慮と、本人が本当に困っていることがずれている

わけです。

私は、配慮とは「会社が何かを与えること」ではなく、まず本人の困りごとを正確に把握することから始まると考えます。

私なら、転勤命令を出す前に仕事を分解する

私ならまず、名古屋営業所の再建業務を分解します。

現地常駐が必要な仕事

  • 社員の日常マネジメント
  • 急な顧客トラブル対応
  • 現場の意思決定
  • 日常的な営業所運営

必ずしも常駐でなくてもできる仕事

  • 大口顧客との価格交渉
  • 赤字案件の分析
  • 営業会議
  • 若手社員への案件レビュー
  • 営業戦略の設計

こう分けると、選択肢が増えます。

例えば、名古屋の若手Cさんを現地責任者候補として育てながら、Aさんが一定期間週1〜2日名古屋へ入り、重要案件と利益改善を担当する。

営業本部長の兼務も段階的に減らす。

半年後に再評価する。

こうした方法も考えられます。

もちろん、本当に常駐所長が必要だという結論になることもあります。

重要なのは、

「名古屋再建=Aさんを転勤させること」と最初から固定しないこと

です。

Aさん本人の介護状況も具体的に確認する

一方で、本人が、

「介護があります」

と言えば、それだけで全ての異動を免除するという話でもありません。

私なら、本人のプライバシーに配慮しながら、必要な範囲で、

  • 現在どのような介護が必要なのか
  • Aさん本人が担っている役割
  • 妻や他の家族の分担
  • 現在利用している介護サービス
  • 緊急対応が必要になる頻度
  • 一時的な支援で乗り切れるのか
  • 今後介護状態が変わる可能性

を確認します。

ここでも、会社が家族事情へ過度に踏み込まないことが大切です。

知る必要があるのは、家庭内の細かな事情ではなく、

勤務上どのような制約が現実にあるのか

です。

介護を理由にキャリアを終わらせない

もう一つ、私は避けたい判断があります。

それは、

「転勤できないなら管理職を降りてもらう」

という短絡的な処理です。

Aさんは所長になりたくないわけではありません。

むしろ、

「機会があれば挑戦したい」

と話しています。

ただ今は、遠方で生活することが難しい。

ここで管理職キャリアまで閉ざしてしまえば、会社は優秀な人材を失う可能性があります。

そして若手社員には、

「親の介護が始まったら出世は終わり」

というメッセージが伝わります。

人手不足の中小企業にとって、これはかなり大きな採用・定着リスクです。

法律だけでは解決できない理由

転勤命令については、雇用契約、就業規則、業務上の必要性、本人が受ける不利益などを確認する必要があります。

また介護との関係では、仕事と介護の両立に関する制度や配慮も検討する必要があります。

しかし私は、法律上命令できる可能性があるからといって、それだけで転勤させるべきとは考えません。

仮に転勤命令を出せたとしても、Aさんが退職すれば、静岡で年間約2億円を担当する人材を失います。

逆に、介護を理由に何もお願いできないという運用にすれば、会社の配置政策が機能しなくなります。

法律上可能かどうかと、経営上その判断をするべきかは別問題です。

名古屋営業所の問題をAさん一人で解決しない

私は、このケースでは名古屋営業所そのものにも問題があると考えます。

前任所長が辞めた。

主要社員も辞めた。

粗利率が低下した。

次世代リーダーが育っていない。

そこへAさん一人を送り込んで、

「立て直してください」

とするのは、かなり負担が重い。

必要なのは、

  • Aさんの営業改善力
  • Cさんの現地マネジメント力
  • 営業本部の支援
  • 価格承認ルールの再構築
  • 顧客別採算の管理

などを組み合わせることです。

拠点再建を一人のヒーローに依存しないことも重要です。

実務上のチェックポイント

私なら、少なくとも次の点を確認します。

  • Aさんの雇用契約上の勤務地
  • 就業規則の転勤規定
  • 過去の転勤運用
  • 管理職と転勤の関係
  • Aさんが以前伝えた介護事情
  • 会社側がいつその事情を認識したか
  • 現在の介護サービス利用状況
  • Aさん本人が担う介護の内容
  • 緊急対応の頻度
  • 家族内で代替可能な部分
  • 名古屋再建で現地常駐が必要な仕事
  • 静岡からでも可能な仕事
  • Cさんに任せられる業務
  • 営業本部長が継続できる業務
  • Aさんが週1〜2日出張する余地
  • 期限付き兼務が可能か
  • 外部採用の可能性
  • Aさんが退職した場合の損失
  • 名古屋改善が遅れた場合の損失
  • 今後全社員に使える転勤配慮基準

最善策

私なら、次の順番で考えます。

介護の具体的な制約を確認する

名古屋再建に必要な仕事を分解する

現地常駐が本当に必要な業務を特定する

Aさん・Cさん・営業本部の役割を組み合わせる

期限付き兼務・出張・転勤・外部採用を比較する

一定期間後に再評価する

全社共通の転勤配慮基準を整備する

まとめ

私は、このケースで重要なのは、

「転勤できない社員をどう扱うか」ではなく、「会社が必要な仕事をどう実現するか」

だと考えます。

Aさんの介護事情を無視して転勤命令を出せば、優秀な人材を失う可能性があります。

一方で、家庭事情を理由に無条件で配置を固定すれば、会社運営が難しくなることもあります。

だからこそ、転勤させるか免除するかを先に決めない。

本人の制約を確認する。

会社が必要としている仕事を分解する。

そのうえで、代替できる手段を比較する。

そして個別の情だけではなく、次の社員にも適用できる基準にする。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。

「人を場所に合わせる」のではなく、「仕事の設計を見直してから、人の配置を決める」。

私は、これがこのケースの最初の一手だと考えます。


※本記事は中小企業経営における一般的な考え方を整理したものであり、個別案件における転勤命令、配置転換、介護に関する制度利用、役職変更その他の法的判断を示すものではありません。実際の判断は、雇用契約、就業規則、業務上の必要性、本人の生活上の事情、会社の運用実態その他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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