黒字の旅館でも廃業を考えるべきとき、何を先に決めるか

2026.09.07

黒字だから続ける、で本当にいいのか

会社が赤字なら、廃業を考える理由は分かりやすいです。

資金が尽きる。

借入が返せない。

売上が落ち続ける。

こうした状況なら、経営者も覚悟を決めやすいでしょう。

しかし実務で難しいのは、むしろ、

「まだ黒字なのに、もうやめた方がいいのではないか」

と感じ始めた会社です。

私は、この段階で廃業を考えること自体は、決しておかしくないと考えます。

なぜなら会社は、赤字になる前から、

  • 経営者の高齢化
  • 後継者不在
  • 設備更新
  • 人材不足
  • キーパーソンの退職
  • 事業構造の変化

によって、将来の選択肢を失い始めるからです。

相談事例

ある地方の温泉旅館を想定します。

創業78年。

客室38室、従業員は約55名。

年商は約5億8,000万円で、直近年度も営業黒字です。

一見すると、廃業を急ぐ会社には見えません。

しかし社長は67歳。

女将である妻も体力的に限界へ近づいています。

子ども2人には事業承継の意思がありません。

さらに料理長は65歳で、来年いっぱいでの退職を希望しています。

建物と温泉設備についても、今後5年間で1億円前後の修繕・更新が必要になる可能性があります。

社長は、

「黒字のうちにやめるのは逃げなのか」

と悩んでいます。

この問題の本質

私は、この問題の本質は、

「廃業するか、続けるか」ではない

と考えます。

本当に決めるべきなのは、

「いつまで承継の可能性を追い、どこから計画廃業へ切り替えるか」

です。

今回の旅館には、まだ複数の選択肢があります。

  • ホテル運営会社への事業譲渡
  • 支配人への従業員承継
  • 不動産売却と計画廃業
  • 外部経営人材を入れて継続

問題は、選択肢があることではありません。

期限を決めず、いつまでも全部の可能性を残そうとすることです。

よくある失敗① 黒字だから設備投資を続ける

旅館は現在黒字です。

銀行も融資を完全には否定していません。

そのため、

「1億円投資してあと5年続ければいい」

という考え方もあります。

しかし私は、設備投資を先に決めるべきではないと考えます。

見るべきなのは、

「誰がその投資を回収するまで経営するのか」

です。

社長は67歳。

女将も長期間の継続は難しい。

親族内後継者はいない。

料理長も退職予定。

この状態で1億円を投資すれば、今度は、

「せっかく投資したから続けなければならない」

という新しい撤退障壁が生まれます。

よくある失敗② 社員全員の雇用維持にこだわりすぎる

社長は、ホテル運営会社から、

「宴会場の縮小や人員配置の見直しが必要」

と言われ、話を止めました。

社員を守りたいという気持ちはよく分かります。

しかし、

「全員を今の条件のまま守れない承継なら意味がない」

と考えると、承継そのものが成立しない可能性があります。

仮に事業譲渡によって40人の雇用が残る可能性があるのに、100%維持にこだわって承継を断り、最終的に廃業となれば、55人全員の雇用を失う可能性があります。

経営判断では、

「全部守れるか」ではなく、「何を優先して、どこまで残せるか」

を考える必要があります。

私なら、承継の最終期限を先に決める

私なら社長に、

「旅館を売りたいですか」

とは聞きません。

まず、

「何月何日までに承継条件が成立しなければ、計画廃業へ切り替えますか」

と聞きます。

例えば、

6か月以内に承継方式を決める。

9か月以内に基本合意まで進む。

それまでにまとまらなければ、翌年末で閉館する。

こういう線を引きます。

これがないと、

「もう少しC社と話してみよう」

「D支配人への承継も考えよう」

「設備だけ先に直そう」

となり、2年、3年と時間が過ぎます。

C社への事業譲渡は、本気で比較する

ホテル運営会社C社は、

  • 温泉
  • 客室
  • 個人旅行客
  • Web予約

を評価しています。

これは大きな価値です。

旅館が赤字になり、設備が壊れ、社員が辞めてからでは、同じ評価が得られるとは限りません。

一方でC社は、宴会場縮小や人員配置の変更を考えています。

私はここで、

「それなら売らない」

と感情的に切るのではなく、

何を守るのかを順位付けする

べきだと考えます。

例えば、

第一優先は旅館営業の継続。

第二優先はできる限り多くの雇用。

第三優先は屋号・ブランド。

第四優先は現在の職種・勤務条件。

第五優先は宴会事業。

このように整理すると、交渉が現実的になります。

D支配人への承継も「資金がない」で終わらせない

支配人Dさんは48歳。

22年間この旅館で働き、本人から、

「自分が経営を引き継ぐ選択肢はないのか」

と言っています。

これは非常に重要です。

もちろん、Dさんには株式取得資金や財務経験という課題があります。

しかし私は、

「お金がないから後継者になれない」

とすぐに結論を出すべきではないと考えます。

例えば、

  • Dさんが経営を担当する
  • 外部企業が資本参加する
  • 株式を段階的に移す
  • 社長が一定期間だけ残る
  • 財務機能を外部から補完する

という組み合わせも考えられます。

従業員承継=本人一人ですべて背負う

ではありません。

不動産売却+廃業も、逃げとは限らない

一方、不動産会社からは土地建物で約3億2,000万円という話があります。

旅館事業としての価値より、不動産としての価値が高い可能性もあります。

これは経営者として非常に苦しい判断です。

78年続いた旅館を壊して別用途へ変える。

感情的には受け入れにくいでしょう。

しかし、

その選択によって借入を整理し、社員へ退職金を払い、社長夫妻の生活も守れるなら、それも比較すべき経営判断

です。

最初から「旅館以外の用途は認めない」とすると、本当に残せる価値まで失う可能性があります。

旅館業では「予約」が廃業判断を難しくする

このケースで特に重要なのが予約です。

旅館は、

未来の商品を今日売っています。

10か月後の結婚披露宴。

1年後の団体旅行。

来年度の企業宴会。

廃業を考えながら、

「もちろん来年も営業しています」

と予約を取り続けることには限界があります。

だから私は、承継・廃業方針と同時に、

長期予約の受付期限

を決めます。

廃業可能時期より先の大型予約については、個別審査にする。

予約金や前受金も別管理する。

承継時に契約を引き継げるのか確認する。

こうして、将来の顧客トラブルを防ぎます。

社員への説明は「早ければいい」でも「隠せばいい」でもない

社員への説明も難しい問題です。

今日突然、

「廃業するかもしれません」

と全社員へ発表すれば、若手から一斉に退職する可能性があります。

しかし、何も説明せず、3か月前に突然、

「閉館します」

でも信頼を失います。

私は、情報開示を段階的にします。

最初は社長夫妻、支配人、財務担当など最小限。

次にキーパーソン。

そして基本方針が決まった段階で全社員へ説明する。

重要なのは、

噂だけが先行する期間を長くしないこと

です。

料理長の退職は、もう一つの期限

料理長は来年いっぱいで退職したいと申し出ています。

これは単なる人事問題ではありません。

旅館の料理評価を支える人材です。

つまりこの旅館には、

経営承継の期限と、技術承継の期限

があります。

C社へ譲渡する場合でも、Dさんへ承継する場合でも、料理長の技術を誰へ移すかは早急に決める必要があります。

人が辞めてから売ろうとすると、事業価値そのものが下がる可能性があります。

社長夫妻の働き方も、会社の原価として見る

旅館では、社長や女将が、

  • 顧客対応
  • クレーム処理
  • 常連客対応
  • 社員調整
  • 夜間対応

を長年担っていることがあります。

しかし、それを外部人材で代替した場合に同じ利益が残るとは限りません。

現在の営業利益1,900万円が、

社長夫妻の長時間労働を十分な人件費として計上した後でも本当に1,900万円なのか

は確認すべきです。

ここを見ないと、「黒字だから事業価値が高い」と誤解する可能性があります。

法律だけでは解決できない理由

旅館業の事業譲渡、社員の雇用承継、廃業時の雇用終了、予約契約、前受金、借入、個人保証など、確認すべき法律問題は多くあります。

しかし、法律上できるかどうかだけでは結論は出ません。

例えば、事業譲渡が可能でも、条件が悪ければ売らない判断もあります。

逆に、廃業手続が可能でも、社員や顧客を引き継げるのに何もせず閉めるのは経営的に惜しい。

法律は選択肢を実行するための条件であって、どの選択肢を取るか自体は経営判断です。

実務上のチェックポイント

私なら、少なくとも次の点を確認します。

  • 旅館事業単体の収益力
  • 社長夫妻の役割を人件費換算した場合の利益
  • 今後5年間の設備投資額
  • 温泉設備更新額
  • 建物修繕額
  • C社の譲受条件
  • C社が承継可能な社員数
  • 屋号を残せるか
  • D支配人の承継意思
  • Dさんの資金調達可能性
  • Dさんを支える経営チーム
  • E社の不動産購入条件
  • 土地建物の複数査定
  • 借入残高と個人保証
  • 退職金総額
  • 婚礼・団体予約一覧
  • 前受金残高
  • 予約キャンセル時の責任
  • 料理長退職までの技術承継
  • 若手社員の退職リスク
  • 社長夫妻が何歳まで働けるか
  • 何月まで承継交渉を続けるか
  • 何月から計画廃業へ移るか

最善策

私なら、次の順番で進めます。


大型設備投資を一旦保留する

長期予約の受付ルールを作る

旅館事業・不動産・ブランド・人材の価値を分ける

C社承継・D支配人承継・E社売却を同じ条件で比較する

借入・保証・退職金・前受金を整理する

承継交渉の期限を決める

期限までに成立しなければ計画廃業へ移る

社員・顧客へ段階的に説明する

まとめ

私は、このケースで最初に決めるべきなのは、

「廃業する日」ではなく、「承継を試せる最後の日」

だと考えます。

黒字である。

顧客がいる。

社員がいる。

ブランドがある。

買い手候補もいる。

だから、まだ選べます。

しかし選べる時間は無限ではありません。

設備は古くなる。

人は辞める。

社長夫妻も年齢を重ねる。

長期予約も積み上がります。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。

承継の可能性を本気で追う。

ただし、いつまでも追い続けない。

そして期限までに成立しなければ、価値が残っているうちに計画廃業へ移る。

私は、これがこの旅館で最初に取るべき経営判断だと考えます。


※本記事は中小企業経営における一般的な考え方を整理したものであり、個別案件における旅館業の事業譲渡、会社清算、雇用承継、予約契約、退職金、借入、個人保証その他の法的・財務的判断を示すものではありません。実際の判断は、会社の財務状況、契約関係、資産・負債、雇用状況、許認可その他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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