
「この人がいないと現場が回らない」管理職にパワハラ疑惑が出たら、どう考えるか
2026.08.31
中小企業の労務問題で難しいのは、問題行動がある社員ほど、現場では重要人物であるケースです。
例えば、部下からパワハラを訴えられている管理職がいる。
複数の社員が退職を考えている。
会社として放置できない。
しかし、その管理職が難しい顧客対応や現場判断を一手に担っていて、
「この人を外したら事業所が回らない」
という状態になっている。
私は、この問題の本質は、単に「パワハラかどうか」ではないと考えます。
問題が起きている管理職を外せないほど、会社が一人の社員に依存していること。
ここまで含めて考える必要があります。
相談事例
ある訪問介護・デイサービス会社を想定します。
従業員は100名を超え、複数の介護事業所を運営しています。
問題となっているのは、46歳のサービス提供責任者Aさんです。
Aさんは勤続11年。
介護技術が高く、難しい利用者や家族への対応にも強い。
社内では、
「Aさんに任せれば何とかなる」
と言われる存在です。
ところが、部下から次々と申告が出ました。
- 人前で怒鳴られる
- 深夜までLINEで業務指示が来る
- 希望休を出すと嫌味を言われる
- 失敗した職員を名指しで叱責される
- 気に入らない職員だけ訪問件数を増やされる
実際、この事業所だけ年間離職率が約31%。
他事業所は12〜16%程度でした。
さらに一人の職員は精神的に不調となり休職。
別の職員たちも、
「会社が何もしないなら辞める」
と言い始めました。
それでも社長は迷います。
なぜなら、Aさんを外すと現場が回らないからです。
この問題の本質
私は、この問題の本質は、
「Aさんを処分するかどうか」ではない
と考えます。
最初に考えるべきなのは、
- 申告した職員をどう守るか
- 何が事実なのか
- 調査中の被害拡大をどう止めるか
- Aさんがいなくても現場を回せるか
です。
この順番を間違えると、問題はさらに大きくなります。
よくある失敗1 すぐに懲戒処分する
複数の申告が出ると、経営者としては、
「これはもうパワハラだ」
と判断したくなるかもしれません。
しかし私は、事実確認前に懲戒処分を決めるのは危険だと考えます。
厳しい指導がすべてパワハラになるわけではありません。
一方で、
- 公開の場での長時間叱責
- 人格を否定するような発言
- 継続的な威圧
- 不利益なシフト操作
- 深夜の業務指示
などが重なれば、重大な問題になる可能性があります。
だからこそ、
保護は先に、認定は調査後に。
この順番が大切です。
よくある失敗2 被害を訴えた側を異動させる
次にありがちなのが、
「Aさんを動かすと現場が困るから、申告した社員を別事業所へ移そう」
という対応です。
短期的には衝突を避けられます。
しかし社員から見ると、
「問題を訴えた人が職場を追われた」
ように見える可能性があります。
本人が異動を希望している場合は別ですが、会社の都合だけで申告者を動かすのは慎重に考えるべきです。
一度、
「会社に言うと自分が不利になる」
という空気ができれば、次から事故や不正の情報まで上がらなくなります。
私なら最初にAさんの一部権限を止めます
私は、事実確認が終わるまでAさんをいきなり懲戒降格にはしません。
しかし、これまでどおり部下を管理させることもしません。
例えば一時的に、
- シフト決定
- 希望休の承認
- 人事評価
- 申告者への直接指導
- 個別面談
などの権限を外します。
これは、
「あなたを加害者と認定した」
という処分ではありません。
公平な調査と就業環境を確保するための暫定対応です。
ここを分けて考えることが重要です。
調査は「仲直り」ではない
私は、最初からAさんと申告した職員を同席させません。
まず個別に話を聞きます。
確認するのは、
- いつ
- どこで
- 誰がいたか
- 何を言われたか
- 何回あったか
- LINEやメールが残っているか
- 勤務やシフトへ影響したか
です。
その後、Aさんにも具体的事実を示して説明を聞きます。
Aさんを支持しているベテラン職員からも話を聞きます。
会社がやるべきなのは、どちらか一方の味方になることではありません。
事実をできるだけ正確に確認することです。
一番怖いのは「ミスを言えない職場」
このケースで、私は非常に重要だと思う出来事があります。
ある職員が利用者宅でミスをしました。
しかし、
「Aさんに怒鳴られると思った」
という理由で3日間報告しませんでした。
ここまで来ると、問題は単なる人間関係ではありません。
介護サービスの安全性に関わります。
良い管理者とは、ミスが起こらない職場を作る人だけではありません。
ミスが起きたときに、すぐ報告が上がる職場を作れる人です。
もし厳しい指導によって、
「怒られたくないから隠す」
という状態になっているなら、利用者を守るという目的と逆の結果になっています。
Aさんにも言い分はある
Aさん本人は、
「利用者の命を守るために厳しくしている」
と考えているかもしれません。
この考えまで否定すると、話は前に進まないと思います。
私なら、
「利用者安全を重視してきたこと自体を問題にしているわけではありません」
と伝えます。
そのうえで、
「その指導方法の結果として職員が事故やミスを報告できなくなっているなら、結果的に利用者安全を損なっています」
と伝えます。
重要なのは、Aさんを悪人にすることではありません。
管理方法が組織にどんな結果を生んでいるかを見ることです。
「Aさんが辞めたら困る」こと自体が経営課題
社長は、
「Aさんが辞めたら事業所が回らない」
と考えています。
私は、この言葉そのものが問題だと思います。
Aさんしか、
- 難しい利用者に対応できない
- 家族対応ができない
- シフトを作れない
- 緊急時判断ができない
のであれば、会社が一人に依存しすぎています。
この状態では、問題行動があっても止められません。
だから調査と並行して、Aさんの仕事を棚卸しします。
私ならAさんの仕事を分解する
例えば、
- 難しい利用者対応は統括部長へ
- シフト作成は主任へ
- 新人指導は別事業所責任者へ
- 家族対応は複数担当へ
- 緊急判断は管理者複数制へ
という形です。
すぐに全部移せなくても構いません。
重要なのは、
「Aさんがいないと回らない会社」から抜け出す方向へ動き始めること
です。
財務面でも放置が得とは限らない
Aさんを失うと、短期的には痛手でしょう。
しかし、Aさんを守ることで他の社員が次々と辞めれば、別のコストが発生します。
- 求人広告費
- 人材紹介手数料
- 新人教育コスト
- 残業増加
- 派遣費用
- 利用者受入制限
- 売上減少
この事業所だけで、直近1年間の採用・教育コストが約900万円かかっています。
つまり、
「重要人物を守ることが経営的に合理的」とは限らない
のです。
法律だけでは解決できない理由
このケースには、パワーハラスメント、相談者保護、懲戒、配置転換、労働時間、安全配慮など多くの労務論点があります。
しかし、法的に適切な処分を決めただけでは会社は立て直りません。
仮にAさんを処分しても、Aさんしか仕事を知らなければ現場が崩れます。
逆に、法的リスクを恐れて何もしなければ、職員が辞め、ミスが隠れ、利用者安全まで悪化します。
私は、
「誰を処分するか」より、「何を先に守るか」
で考えるべきだと思います。
実務上のチェックポイント
私なら、少なくとも次の点を確認します。
- Aさんの正式な役職と権限
- 人事評価権・シフト決定権
- 就業規則のハラスメント規定
- 過去の相談記録
- 過去の注意・指導記録
- 申告者ごとの具体的事実
- 目撃者
- LINE・メール履歴
- 深夜連絡後に実際の業務があったか
- 退職者数と退職理由
- 事業所ごとの離職率
- 休職者の復職条件
- 申告者が希望する就業環境
- Aさんしかできない業務
- 代替できる人材
- ヒヤリハット・事故報告件数
- 報告件数が不自然に少なくないか
- 管理職研修の実施状況
- 相談窓口が実際に機能しているか
- 3か月後にどの状態を正常化とするか
私ならどう進めるか
最初の数日で、申告者との直接的な指揮命令関係を切り離します。
同時に、LINE、勤怠、シフト、面談記録などを保全します。
次に、申告者、目撃者、Aさんを個別にヒアリングします。
そして、
ハラスメントに該当するか
と、
Aさんに今後も管理職を任せるべきか
を分けて考えます。
これは非常に重要です。
仮にすべての言動が法的な意味でパワハラとまでは評価されなかったとしても、
- 離職率31%
- 複数人が退職を検討
- ミス報告の萎縮
- 職場の分断
という結果が出ているなら、管理職適性は別途考える必要があります。
まとめ
「この人がいないと現場が回らない」
という管理職に問題行動が出たとき、経営者は迷います。
しかし私は、そこで一番優先すべきなのは、その人を守ることでも、すぐ処分することでもないと考えます。
まず、申告した社員を守る。
次に、事実を確認する。
その間の被害拡大を止める。
そして、その人がいなくても現場が回る体制を作る。
この順番です。
特に介護現場では、職員が怒られることを恐れて事故やミスを報告できなくなることの方が危険です。
重要なのは、誰が正しいかではありません。
職員が安心して情報を上げられ、利用者の安全を守れる組織になっているか。
私は、そこを最初に守るべきだと考えます。
※本記事は一般的な経営判断・労務管理の考え方を整理したものであり、個別案件における法的判断を示すものではありません。実際のハラスメント該当性、配置転換、懲戒、復職対応、労働時間等の判断は、就業規則、雇用契約、具体的な言動、証拠、職場状況その他の事情によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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