
労災事故が起きたとき、私は責任者探しを後回しにする
2026.09.14
事故直後に「誰が悪いか」を決めると、さらに事故が大きくなる
工場で重大な労災事故が起きた。
社員が大けがをした。
安全装置に問題があった可能性がある。
しかも、以前から現場では危険性が知られていたかもしれない。
こういう場面では、社内で一気に責任論が始まります。
「本人もルール違反をしていた」
「班長が安全装置をいじったのではないか」
「工場長は知っていたのか」
「会社としてどこまで責任を認めるべきか」
どれも後で検討しなければならない問題です。
しかし私は、事故直後に最初にやるべきことは、責任者を決めることではないと考えます。
最優先するのは、
被災者、第二事故の防止、証拠、そして事実です。
相談事例
ある金属加工会社を想定します。
年商は約7億8,000万円。
従業員は50名を超え、工場は昼夜2交替で動いています。
ある夜、製造社員が搬送設備に腕を挟まれ、複雑骨折と神経損傷を負いました。
原因を確認すると、本来なら安全扉を開けた時点で止まるはずの設備が止まらなかった可能性が出てきました。
さらに調べると、以前から、
- センサー異常があった
- 安全装置に問題があるという声が出ていた
- 設備メーカーの点検記録にも要確認と書かれていた
- 現場ではヒヤリハットが共有されていた
- 納期優先で設備を止めにくい空気があった
ことも分かってきました。
しかも事故後、班長が部下へ、
「昔のことは覚えていないでいい」
と話していたという情報まで出ました。
この問題の本質
私は、この問題の本質は、
「会社と被災社員のどちらに何割責任があるか」ではない
と考えます。
事故直後に整理するべきなのは、
- 同じ事故がもう一度起きないか
- 被災社員と家族が情報の空白に置かれていないか
- 事故原因を確認するための資料が残っているか
- 行政報告や労災手続が遅れていないか
- 顧客へ何をどう説明するか
- 社内で証言合わせや資料削除が起きていないか
です。
責任論は、その後です。
よくある失敗① 本人の落ち度を最初に探す
事故が起きると、管理職から、
「本人も手順を守っていなかった」
という話が出ることがあります。
もちろん事実であれば、後で確認する必要があります。
しかし私は、最初からそこを中心にしません。
なぜなら、本人に不注意があったとしても、
安全装置が正常に機能していたのか
という会社側の問題は別に残るからです。
特に、設備の異常を会社が以前から把握していた可能性があるなら、本人過失論を先に出すほど、
「会社が責任逃れしている」
と受け取られる危険があります。
最初に止めるべきなのは「危険を説明できない設備」です
事故が起きたからといって、工場全体を無期限停止すればよいわけではありません。
一方で、事故機だけ止めて他は通常操業、という判断も危険です。
私は、
安全性を説明できる設備と、説明できない設備を切り分けます。
例えば、
- 事故機は停止
- 同型機は緊急点検完了まで停止
- 同じ安全機構を持つ設備も確認
- 異なる設備は安全確認後に稼働判断
という考え方です。
安全優先とは、全部止めることではありません。
安全確認できないものを動かさないことです。
月商6,000万円より、第二事故の方が重い
経営者にとって、生産停止は非常に怖い問題です。
この会社でも、ラインを止めれば月数千万円の売上に影響します。
しかし私は、それでも第二事故の方を重く見ます。
一度事故が起きた後、十分な安全確認をしないまま操業を続け、さらに事故が起きた。
そうなれば、問題は一段階変わります。
社員への被害だけではありません。
顧客、行政、採用、金融機関、地域社会から、
「事故後も安全より生産を優先した会社」
と見られる可能性があります。
短期の売上を守ろうとして、会社全体の信用を失うことがあります。
証拠保全は事故対応の中心です
重大事故が起きると、社内では、
「まず資料を整理しよう」
「変なチャットは消した方がいいのではないか」
「みんな説明を合わせよう」
という発想が出ることがあります。
これは非常に危険です。
私なら事故直後に、
- 現場写真
- 設備設定
- 機械ログ
- 防犯カメラ
- 点検記録
- メーカー報告書
- 社内チャット
- ヒヤリハット記録
- 作業手順書
- 勤務・残業記録
を保全します。
さらに社員へ、
「削除しない、書き換えない、証言を合わせない」
と明確に伝えます。
会社を守るために必要なのは、都合の良い説明ではありません。
後から見ても事実経過を説明できる状態です。
班長をすぐ懲戒すれば解決するわけではない
今回、班長には安全装置を無効化した疑いがあります。
さらに、事故後の口裏合わせを疑わせる話まで出ています。
私は、必要であれば一時的に現場から外すことは考えます。
しかし、事故直後に、
「この人が犯人だ」
と決めて懲戒処分することには慎重です。
なぜなら、事故の背景が、班長個人だけではない可能性があるからです。
工場長は何を知っていたのか。
製造課長は報告を受けていなかったのか。
総務から伝えられた情報はどう処理されたのか。
経営陣は納期優先の空気を作っていなかったのか。
一人を処分すると、組織の問題が一人の問題に置き換わることがあります。
事故原因には「直接原因」と「組織原因」がある
直接原因だけを見ると、
「安全扉を開けても機械が停止しなかった」
ということかもしれません。
しかし、それだけでは再発防止になりません。
本当に確認すべきなのは、
- なぜ故障が放置されたのか
- なぜ修理完了を確認しなかったのか
- なぜヒヤリハットが正式報告されなかったのか
- なぜ社員が「報告すると面倒」と思ったのか
- なぜ「設備を止めると納期に間に合わない」が安全より強くなったのか
という点です。
私は、これを組織原因として見ます。
機械だけ直しても、組織原因がそのままなら、別の機械で同じ事故が起きます。
被災社員の家族を情報の空白に置かない
今回、被災した社員の妻から、
「今後の生活や給料について誰も説明してくれない」
と言われています。
これはすぐに改善すべきです。
もちろん、事故直後に損害賠償額や会社責任を全面的に認める必要はありません。
しかし、
「労災なので待ってください」
だけでは不十分です。
私は、
- 会社の窓口
- 労災手続の進捗
- 当面必要な書類
- 休業中の取扱い
- 誰がいつ連絡するか
- 生活面で困っていること
を説明します。
補償を断定しなくても、不安を放置しないことはできます。
顧客には原因ではなく「事実と対応」を伝える
主要顧客から、
「事故があったようだが、安全面は大丈夫か」
と聞かれています。
ここでも、隠すべきではありません。
一方で、調査前から、
「全面的に会社の管理ミスでした」
と断定する必要もありません。
私は、
- 事故が発生したこと
- 対象設備を停止していること
- 同種設備も緊急点検していること
- 安全確認できた設備のみ稼働すること
- 納期影響を確認していること
- 代替生産も検討していること
を伝えます。
原因の推測ではなく、現在分かっている事実と会社の行動を伝える。
これが信用を守る基本だと考えます。
労災事故は「労災保険を使えば終わり」ではない
労災保険による療養や休業補償は重要です。
しかし、労災保険が使えるから会社側の問題がなくなるわけではありません。
安全配慮。
設備管理。
行政対応。
民事上の損害。
再発防止。
社員との信頼。
これらは別に残ります。
私は、
「労災申請をすること」と「会社として事故原因に向き合うこと」を分けて考えます。
会社のKPIが事故を作っていなかったか
事故後に設備だけ直して終わる会社は少なくありません。
しかし私は、管理職の評価指標まで確認します。
例えば、工場長が、
「納期達成率」
「稼働率」
「生産数量」
ばかりで評価されていたらどうでしょうか。
設備を止めれば評価が下がる。
ヒヤリハットを報告すればラインが止まる。
そのような制度なら、社員に「安全第一」と言っても実際の行動は変わりません。
会社が本当に重視しているものは、ポスターではなく評価制度に表れます。
法律だけでは解決できない理由
労働安全衛生法や労災保険、安全配慮義務など、重要な法律論はあります。
しかし、法律上の責任だけ調べても、会社は安全になりません。
この事故の本質が、
「危険を報告すると仕事が止まる」
「納期を守るためなら多少の危険は仕方がない」
という現場文化にあるなら、そこを変える必要があります。
重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。
そして労災事故で会社を守るとは、
会社の責任を小さく見せることではありません。
次の社員が同じ目に遭わない会社へ変えることです。
実務上のチェックポイント
- 事故発生時刻と詳細な時系列
- 本来の作業手順
- 安全装置の仕様
- 設備改造履歴
- メーカー点検記録
- 事故後の設備設定変更の有無
- 防犯カメラ・設備ログ
- 社内チャット
- 過去のヒヤリハット
- 類似事故の有無
- 管理職が危険を知った時期
- 被災社員への安全教育
- 当日の労働時間と疲労状況
- 同型・類似設備の状況
- 労災手続の進捗
- 死傷病報告の状況
- 被災者家族への説明内容
- 顧客への供給影響
- 外注・代替生産の可能性
- 口裏合わせ・資料削除の有無
- 生産管理KPIと安全KPIのバランス
私ならこう進めます
被災者の治療・家族対応を確保する
↓
事故機・類似設備の安全を確認する
↓
安全確認できない設備を止める
↓
現場・設備・チャット・点検記録を保全する
↓
行政報告と労災手続を進める
↓
証言合わせ・資料削除を禁止する
↓
顧客へ事実と供給影響を説明する
↓
直接原因と組織原因を調査する
↓
個人責任や懲戒を検討する
↓
設備・評価制度・安全文化を見直す
まとめ
私は、重大な労災事故が起きたとき、最初に、
「誰が悪かったのか」
とは考えません。
最初に考えるのは、
「これ以上、誰もケガをさせないために何を止めるべきか」
です。
その次に守るのが、事実です。
証拠を残す。
被災者家族を情報の空白に置かない。
行政報告を遅らせない。
顧客へ事実を隠さない。
責任追及は、その後です。
事故後の最初の仕事は、犯人探しではありません。
次の事故を止めることです。
私は、それが会社を守るための最初の一手だと考えます。
※本記事は中小企業経営における一般的な考え方を整理したものであり、個別案件における労災認定、労働安全衛生法上の責任、損害賠償、懲戒処分、刑事責任その他の法的判断を示すものではありません。実際の判断は、事故態様、設備状況、社内規程、労働時間、行政調査その他の具体的事情によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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