
運転手の脳出血、会社は何から動くべきか
2026.09.15
「この脳出血は会社のせいなのか」から考え始めると、判断を誤る
運送会社で、ドライバーが運転中に倒れた。
病院で脳出血と診断された。
会社としては、当然こう考えます。
「これは労災なのか」
「本人には高血圧があったらしい」
「会社の責任まで問われるのか」
どれも重要な問題です。
しかし私は、この場面で最初にそこを争うべきではないと考えます。
なぜなら、同じ配車、同じ休息不足、同じ長時間拘束で、今日も別のドライバーが走っているかもしれないからです。
最初に止めるべきなのは、会社責任の議論ではありません。
次の事故です。
相談事例
ある運送会社を想定します。
年商は約11億円。
従業員は約80名。
大手スーパー系列の物流会社との取引が売上の約4割を占めています。
その会社で、勤続9年の49歳ドライバーが配送中に突然意識を失い、トラックが中央分離帯へ衝突しました。
幸い第三者への重大な被害はありませんでしたが、本人は脳出血で入院。
調べ始めると、事故前には、
- 早朝勤務が続いていた
- 休日出勤が増えていた
- 13日連続で何らかの勤務をしていた
- 健康診断で高血圧を指摘されていた
- 頭痛を運行管理者へ話していた
- 休憩扱いの時間に荷待ちや荷卸しをしていた可能性がある
ことが分かってきました。
さらに、タイムカード、デジタコ、点呼簿、配車表の時間が一致しません。
この問題の本質
私は、この問題の本質は、
「本人の持病か、会社の過重労働か」ではない
と考えます。
もちろん最終的には医学的・法的に検討する必要があります。
しかし事故直後に優先すべきなのは、
- 勤務記録を正確に残すこと
- 実労働時間を復元すること
- 他のドライバーの危険な配車を見つけること
- 健康上の異常がある社員を走らせないこと
- 荷主との配送条件を見直すこと
です。
よくある失敗① 「本人も高血圧だった」と先に考える
会社側としては、脳出血と聞けば、
「もともと高血圧だったのではないか」
と考えたくなります。
それ自体を確認することは必要です。
しかし、私は初動ではそこを中心にしません。
本人に基礎疾患があったとしても、長時間労働や不規則勤務が健康状態へ影響した可能性は別に検討する必要があるからです。
しかも会社が、高血圧の指摘、頭痛、休息不足などを把握していた可能性がある。
その状態で、
「本人にも持病があった」
と先に言えば、家族や社員からは責任逃れに見える可能性があります。
よくある失敗② デジタコの「休憩」をそのまま信じる
運送会社では、デジタコの記録が非常に重要です。
しかし、画面に「休憩」と表示されているから、本当に休憩だったとは限りません。
その時間に、
荷待ちをしていた。
荷卸しを手伝っていた。
荷主から呼ばれればすぐ動かなければならなかった。
こういう実態があれば、実際には自由に休めていなかった可能性があります。
私は、
記録の名前ではなく、実際に何をしていたか
を確認します。
タイムカード。
デジタコ。
ETC。
点呼簿。
荷主側の入退場記録。
配送伝票。
同僚の証言。
これらを重ねて、実態を復元します。
最初に守るべきなのは、今日走っている別のドライバーです
今回の会社では、他の運転手からも、
「自分たちも同じ勤務だ」
という声が出ています。
私はここを最も重く見ます。
もし会社が、
「Cさんの労災認定が出るまで様子を見る」
と判断し、その間も同じ配車を続けたらどうなるでしょうか。
もう一人倒れた瞬間に、問題の性質が変わります。
一人目の事故は見抜けなかったとしても、二人目は「事故後も同じ勤務を続けた」と評価される可能性があります。
だから私は、労災認定の結果を待ちません。
その日のうちに、全ドライバーの拘束時間、休息期間、連続勤務、健康状態を確認します。
だからといって、全配送を止めればよいわけでもない
安全優先だから、全営業所の早朝便や長距離便を全部止める。
一見すると分かりやすい判断です。
しかし私は、それも極端だと考えます。
必要なのは、
危険な配車と、安全に継続できる配車を分けること
です。
休息不足。
長時間拘束。
連続勤務。
健康上の異常。
こうした条件に該当する便を先に減らす。
必要であれば、傭車、外注、コース変更、納品時間変更を使います。
安全と売上を二者択一にしないことが重要です。
荷主との条件まで変えなければ、再発防止にならない
今回の会社では、大手荷主から納品時間を30分前倒しされていました。
会社は、
「断ったら競合に取られる」
と考え、そのまま受け入れています。
しかし、その30分を守るために早朝勤務が増え、休息時間が削られているのであれば、問題は社内だけでは解決できません。
私は、荷主に対しても、
- 安全に必要な休息時間
- 必要なドライバー人数
- 現実的な配送時間
- 荷待ち時間
- コース再編
- 適正な運賃
を数字で示します。
無理をしなければ守れない契約は、本当に良い契約なのか。
ここまで考える必要があります。
売上があることと、儲かることは違う
私はこのケースで、労務だけでなく契約採算も見直します。
今の運賃で、
必要な休息を取る。
休日を確保する。
必要人数を配置する。
荷待ち時間も労働として考える。
それでも利益が出るのか。
もし、安全な運行を前提にすると赤字になるのであれば、
その仕事は「売上が大きい仕事」であって、「会社にとって良い仕事」ではないかもしれません。
健康診断を「本人任せ」にしていなかったか
今回、Cさんは健康診断で高血圧を指摘されていました。
産業医面談も予定されていましたが、忙しさを理由に延期されています。
ここも重要です。
「本人が病院へ行くと言っていた」
だけで終わらせてよかったのか。
頭痛を訴えたとき、乗務を続けてよかったのか。
会社が健康情報を持ちながら、配車へ反映できていなかった可能性があります。
私は、事故後に健康管理と配車管理を別々に考えません。
健康異常があれば、実際に乗務判断へ反映される仕組み
まで作ります。
運行管理者一人を処分しても解決しない
記録の扱いについて問題発言をした運行管理者がいる。
事故後は、責任者を決めたくなります。
しかし私は、すぐに、
「この人が悪かった」
とは決めません。
なぜなら、
人員不足を放置したのは誰か。
荷主の条件をそのまま受けたのは誰か。
健康診断後の対応を追わなかったのは誰か。
「今だけ協力して」が何か月も続いたのはなぜか。
こうした問題は、一人の運行管理者だけでは作れないからです。
個人責任を追及する前に、会社が無理な配車を必要とする仕組みを作っていなかったかを見るべきです。
法律だけでは解決できない理由
脳・心臓疾患の労災認定基準。
改善基準告示。
労働時間管理。
健康診断後の措置。
どれも重要です。
しかし法律だけ確認して、
「何時間までなら大丈夫か」
という発想だけになれば、本質を外します。
今回の問題は、
人が足りない。
でも仕事は断れない。
だからベテランが頑張る。
頑張る人ほど仕事が集まる。
休めなくなる。
という経営構造の問題です。
労災対策は、勤務表だけを直すことではなく、受注の仕方まで変えることがあります。
実務上のチェックポイント
- 事故前6か月の実労働時間
- デジタコと実態の差
- 点呼前・帰庫後作業
- 荷待ち・荷卸し時間
- 拘束時間と休息期間
- 連続勤務日数
- 休日出勤
- 早朝・深夜勤務
- 健康診断結果
- 産業医面談の実施状況
- 頭痛等の申告記録
- 他の運転手の健康状態
- 危険な配車の有無
- 荷主からの納品条件
- 安全運行を前提とした契約採算
- 減便・外注・傭車の可能性
- 勤務記録の改変・削除の有無
- 運行管理者・営業所長の権限
私ならこう進めます
勤務記録を保全する
↓
全ドライバーの危険な勤務を確認する
↓
危険な配車を止める・減らす
↓
Cさんの実労働時間を復元する
↓
健康管理の経緯を確認する
↓
Cさん家族へ手続を説明する
↓
労災・行政対応を進める
↓
荷主と配送条件を再協議する
↓
管理職・組織原因を検証する
↓
安全な勤務条件で契約採算を再計算する
まとめ
私は、ドライバーが脳出血で倒れたとき、最初に、
「これは労災なのか」
とは考えません。
もちろん、その判断は必要です。
しかし先に確認するのは、
今日も同じ条件で走っている社員がいないか
です。
重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。
そしてこの場面で会社を守るとは、労災責任を小さく見せることではありません。
次の社員が倒れる前に、無理な配車、無理な契約、無理な働き方を止めることです。
労災かどうかを争う前に、次の労災を止める。
私は、それが最初の一手だと考えます。
※本記事は中小企業経営における一般的な考え方を整理したものであり、個別案件における労災認定、労働時間、運行管理、安全配慮義務、健康管理、損害賠償その他の法的判断を示すものではありません。実際の判断は、勤務実態、健康状態、運行記録、契約条件、行政調査その他の具体的事情によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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