M&A仲介大手の「隠蔽事案」に見る、経営者が今こそ持つべき“伴走者”という視点

2026.09.15

2026年9月、M&A仲介業界最大手である日本M&Aセンターにおいて、不適切な買い手に関する情報を隠し、業界団体が設けた「不適切な買い手リスト」への登録対策をすり抜けていた事案が報じられました。

当該担当者は既に同年7月に解雇処分となっており、同社もプレスリリースで事実を認めています。

このニュースは、単なる一企業の不祥事として消費されるべきではありません。

私は弁護士として、また経営者の伴走者として、この事案の本質と、そこから経営者の皆様に持ち帰っていただきたい教訓について、私の考えをお伝えしたいと思います。

1.なぜ「隠蔽」が起きたのか ― 短期利益と中長期利益の衝突

報道によれば、担当社員は不適切な買い手であることを認識しながら、業界団体のリストに登録されることを回避するため、事案そのものを隠していたとされています。

なぜ、このようなことが起きたのでしょうか。

私は、その根底に「短期的な成約至上主義」があると考えています。

M&A仲介は成功報酬型のビジネスであり、一件の成約が担当者個人の評価や報酬に影響します。

目の前の案件を成立させることが社内における「勝利」となり、その勝利を優先するあまり、リスク情報を伝えない、あるいは軽視してしまう。

そうした誘因が働きやすい構造であることは、否定できないでしょう。

しかし私は、これを単に「業界構造の問題」だけで終わらせてはいけないと考えています。

弁護士として私が大切にしているのは、依頼者の利益を「短期ではなく、中長期で考える」という視点です。

目の前の一勝を得るために、将来の十敗を招くのであれば、それは本当の意味で依頼者の利益とはいえません。

M&Aにおける「成約」は、売り手経営者にとってゴールではなく、新たなスタートです。

譲渡後に会社が壊れ、従業員が不利益を受け、取引先との関係まで失われてしまうのであれば、そもそもその成約は誰のためのものだったのか。

そこまで考える必要があります。

2.「不適切な買い手」から売り手を守るということ

業界団体が「不適切な買い手リスト」を導入した背景には、譲渡後に会社の資産を抜き取る、従業員を大量解雇する、取引先への支払いを止めるといった、悪質な譲受け事業者による被害が中小企業に広がってきたという問題があります。

売り手経営者の多くは、人生をかけて会社を育ててきました。

従業員の生活を背負い、取引先との信頼関係を築き、地域の中で会社を守ってきた方々です。

その会社を最後に託す相手として、悪意ある買い手を選ばされることがあってはなりません。

私は、これは「適切な判断機会を守る」という問題でもあると考えています。

M&Aでは、仲介会社と売り手経営者との間に大きな情報格差があります。

仲介者が持っている情報を売り手が持っていないことは珍しくありません。

その情報格差を利用して重要な情報を伝えないのであれば、売り手経営者は本来できたはずの判断をすることができません。

情報を隠すということは、単に説明が足りないという問題ではなく、経営者から意思決定の機会そのものを奪う行為になり得ます。

私は、そこには明確にNOを示す必要があると考えています。

3.弁護士は「戦う存在」であり、「調整する存在」でもある

では、このようなM&Aの場面で、弁護士はどのような役割を果たすべきなのでしょうか。

私は、弁護士とは「戦う存在」であると同時に、「調整し、バランスを取る存在」でもあると考えています。

M&Aの局面では、まず売り手経営者の感情に寄り添うことが必要です。

長年育ててきた会社を手放す決断には、合理性だけでは割り切れない葛藤があります。

創業者であれば、会社は単なる資産ではありません。

人生そのものであり、従業員や取引先との関係、これまで歩んできた歴史そのものでもあります。

その感情を無視して「価格だけ」で判断することはできません。

一方で、感情に寄り添うだけでも十分ではありません。

買い手の資力、事業内容、M&Aスキーム、過去の買収実績などを冷静に確認し、懸念がある場合には明確に指摘する必要があります。

そして、契約書の中でも売り手を守るための仕組みを検討します。

  • 表明保証
  • 契約解除条項
  • 譲渡後の従業員雇用に関する条項
  • 取引先との関係維持に関する取り決め
  • 経営者保証の解除に関する条件
  • 譲渡代金の支払方法
  • クロージングまでの前提条件

こうした契約条項は、単なる「法律文書の調整」ではありません。

売り手経営者の将来を守るためのリスク管理そのものです。

法律は武器であり、手段です。

目的は、経営者本人だけでなく、その会社に関わる従業員、取引先、地域社会も含め、中長期的により良い状態をつくることだと私は考えています。

4.経営者の皆様へ ― これからの弁護士との付き合い方

今回の事案から、経営者の皆様に持ち帰っていただきたいことは、大きく3つあります。

① M&Aでは必ず「セカンドオピニオン」を持つ

M&Aや重要な意思決定の場面では、一つの仲介会社の情報だけで判断しないことをおすすめします。

仲介会社には仲介会社の役割があり、当然ながらそこにはビジネス上の利害関係も存在します。

そのため、仲介会社とは別に、弁護士や税理士など、異なる立場から案件を見る専門家を持つことが重要です。

「この条件で本当に大丈夫か」

「この買い手に会社を託してよいのか」

「契約上のリスクはどこにあるのか」

こうした点について、第三者的な視点から確認するだけでも、意思決定の精度は大きく変わります。

② 契約書は「事務作業」ではなく、未来を守る防波堤

M&Aでは、契約書の一文が、その後の経営者の人生を左右することがあります。

表明保証、解除条件、経営者保証、従業員の処遇、代金支払条件など、契約条項には非常に重要な意味があります。

契約書を「最後に確認する書類」と考えるのではなく、リスクをコントロールするための経営ツールとして捉えていただきたいと思います。

③ 弁護士を「問題が起きた時に呼ぶ人」だけにしない

私は、これからの弁護士は、単なる代理人ではなく「経営者の伴走者」であるべきだと考えています。

問題が起きてから駆けつけるだけではありません。

日常的に経営を俯瞰し、将来起こり得るリスクを先回りして考え、必要な場面では経営者の意思決定を支える。

そのような関係を築くことで、法律は「トラブル処理の道具」から「経営を前へ進める道具」へと変わります。

おわりに ― 経営者の未来を守る「伴走者」でありたい

一件の不祥事は、一企業だけの問題なのかもしれません。

しかし、こうした事案が報じられるたびに、私は弁護士として自分自身の姿勢を問い直します。

私の役割は、法律という手段を使って、経営者の意思決定を支え、会社の未来を守ることです。

そして、その先にいる従業員、取引先、地域社会まで含めて、より良い状態をつくることだと考えています。

短期的な利益だけではなく、中長期で会社にとって何が最善なのか。

目の前の問題だけではなく、その先にどのような未来があるのか。

そうした視点を経営者と共有しながら、一緒に考えていく。

それが、私が考える「経営者の伴走者としての弁護士」です。

経営者の皆様の中長期的な発展のために、これからも誠実に、冷静に、そして前向きに伴走してまいります。

M&Aや事業承継について、「このまま進めて大丈夫だろうか」「仲介会社とは別の専門家の意見も聞いてみたい」と感じられた場合は、お気軽にご相談ください。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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