「声」は誰のものか――生成AI時代の新しい法務

2026.10.01

生成AIで、有名人や声優にそっくりな「声」を作る。

技術的には、すでにそれほど難しいことではなくなっています。

では、その声を広告やSNS動画に使った場合、法的にはどうなるのでしょうか。

2026年9月30日、声優の津田健次郎さんが、自身の声に似たAI音声を使用したTikTok動画の削除を求めた事件について、東京地方裁判所が判決を言い渡しました。

結論は「請求棄却」です。

しかし、この判決で本当に注目すべきなのは、請求が棄却されたことではありません。

裁判所が、「声」についてもパブリシティ権によって保護され得るという考え方を示したことです。

生成AIを利用する企業にとっても、今後非常に重要になってくる論点だと考えます。

なぜ削除請求は棄却されたのか

本件では、津田さんの声に似たナレーションを使用した多数の動画がTikTokに投稿されていました。

津田さん側は、不正競争防止法やパブリシティ権などを根拠として、TikTokの運営会社に動画の削除を求めました。

もっとも、訴訟が続いている間に投稿者のアカウントが削除され、対象となっていた動画データも削除されたと認定されました。

そのため、裁判所は、さらに削除を命じる必要がないとして請求を退けています。

つまり、

「AIで似た声を使っても問題がない」から請求が棄却されたわけではありません。

削除を求めていた対象そのものが既になくなっていたことが、結論に大きく影響しています。

重要なのは「声」もパブリシティ権の対象になり得ると示したこと

今回の判決で特に注目されるのが、裁判所が「声」について示した考え方です。

裁判所は、人の声について、肖像と同様に個人の人格を象徴するものと捉えています。

そして、実演家などの声が社会的に広く認識され、その声そのものに商品の販売やサービスの利用を促進する「顧客吸引力」がある場合には、その顧客吸引力を利用する目的で声を使用する行為が、パブリシティ権の侵害となり得るとの考え方を示しました。

これまでパブリシティ権では、氏名や肖像が典型的な対象として議論されてきました。

生成AIの発展によって、そこに「声」という要素が本格的に加わってきたと見ることができます。

「AIで作ったから自由に使える」は危険

企業実務で注意したいのは、ここです。

生成AIで作ったコンテンツについて、

  • AIが生成したものだから問題ない
  • 本人の音声をそのままコピーしていないから大丈夫
  • 著作権侵害でなければ使える

と考えるのは危険です。

今回問題となった事案でも、本人の声そのものを単純にコピーしたという構図ではありません。

それでも、「特定の人物を想起させる声」の利用について法的問題が生じています。

生成AIを利用するときには、著作権だけでなく、

「そのコンテンツによって、誰かが持つ知名度・信用・顧客吸引力を利用していないか」

という視点が必要になります。

すべての「声真似」が違法になるわけではない

もっとも、今回の判決を「有名人に似た声を使えば、すべて違法になる」と理解するのも正確ではありません。

パブリシティ権が問題となるためには、その人物の声に顧客吸引力があることや、その顧客吸引力を利用する目的で使用されていることなどが重要になります。

例えば、今後は次のような点が具体的な争点になっていくと考えられます。

  • どの程度似ていれば「本人の声」を利用したと評価されるのか
  • パロディや物まねの場合はどうなるのか
  • 動画やコンテンツ自体に独自の価値がある場合はどうなるのか
  • 広告ではなく、表現活動として利用された場合はどう評価されるのか

生成AIと声をめぐる法的な境界線は、今後の裁判例によってさらに整理されていくことになるでしょう。

企業が今から確認しておきたい5つのポイント

今回の問題は、芸能人や声優だけの問題ではありません。

企業でも、生成AIを利用した広告、動画、アバター、ナレーションなどの利用は急速に増えています。

例えば、次のような場面です。

  • 有名人に似たAI音声を広告やSNSで使用する
  • 社長や社員の声をAI音声化する
  • 広告出演者の声を別の広告へ二次利用する
  • AIアバターに社員やタレントの声を使用する
  • 顧客や取引先の顔・声を生成AIへ入力する

こうしたケースでは、少なくとも次の5点を確認しておく必要があります。

1.本人の同意があるか

まず、本人の氏名、肖像、声などを利用することについて同意を得ているかを確認します。

2.AI学習への利用まで許可されているか

単なる録音や撮影への同意と、AIの学習データとして使用することへの同意は、必ずしも同じではありません。

3.生成された音声をどこまで利用できるか

自社ホームページだけなのか、SNS広告やYouTube、テレビCMまで利用できるのかなど、利用範囲を整理しておく必要があります。

4.二次利用・第三者提供が可能か

一度作成したAI音声を別の広告に使用したり、広告会社や関連会社が利用したりする場合についても、契約上明確にしておくことが重要です。

5.契約終了後も利用できるか

出演契約や雇用契約が終了した後もAI音声を利用し続けられるのか。

この点は、今後特にトラブルが増える可能性のあるポイントです。

AI法務は「AIを使ってよいか」だけでは足りない

生成AIに関する企業法務というと、

「ChatGPTを業務で使ってよいか」

「機密情報を入力してよいか」

「生成された文章に著作権はあるのか」

といった問題がまず思い浮かびます。

しかし、これからはそれだけでは十分ではありません。

AIを使って、「誰の価値」を利用しているのか。

この視点が非常に重要になってくると考えます。

氏名、顔、声、キャラクター、ブランド、信用。

生成AIによって、「本人そのものをコピーしなくても、本人らしいもの」を簡単に作れる時代になりました。

だからこそ企業側も、AI利用についての社内ルールや契約書を整備していく必要があります。

弁護士として考えること

今回の判決は、「声」という新しい権利を突然生み出したものではないと思います。

これまで氏名や肖像について議論されてきた、

「人が持つ経済的価値を、他人がどこまで利用してよいのか」

という問題が、生成AIの登場によって「声」にまで広がってきたものと見ることができます。

AIは企業の可能性を大きく広げる技術です。

だからこそ重要なのは、AIを禁止することではありません。

技術的に「できること」と、法的・社会的に「してよいこと」を分けて考えること。

そして、安心してAIを使えるルールをあらかじめ作っておくこと。

これからの企業法務には、問題が起きた後に対応するだけではなく、こうした「AIを安心して活用するための経営の土台づくり」も求められていくと考えています。


丸の内経営法律事務所
代表弁護士 宮本真志

※本記事は2026年10月1日時点で公表されている情報をもとにした一般的な法的解説です。個別案件については、具体的事情によって法的評価が異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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