退職した元役員が株式を持ち続けているとき、会社はどう対応すべきか|中小企業の株式マネジメント

2026.10.05

退職した役員が株式を持ち続けていると、何が問題になるのか

中小企業では、創業期を支えた役員や幹部社員へ株式を渡している会社があります。

会社が小さい頃は、

「これからも一緒に会社を大きくしてほしい」

「功労者だから株を持ってもらいたい」

という判断に違和感はありません。

しかし問題は、その人が退職した後です。

役員を辞めても、株主であることは別です。

会社を離れた元役員が20%、25%といった株式を持ち続ければ、配当、株主総会、情報開示、事業承継などで経営陣と対立することがあります。

私は、この問題を単純な、

「いくらで株を買い取るか」

という価格交渉だけで考えるべきではないと思っています。

重要なのは、10年後に誰が会社の株主であるべきかを先に決めることです。

相談事例|退職した元専務が会社株式25%を保有

ある中小製造業を想定します。

年商は約18億円。

2代目社長が45%、創業者である父が20%、退職した元専務が25%、従業員持株会が10%の株式を保有しています。

元専務は、創業期から約30年間会社を支えた功労者です。

営業、購買、金融機関対応まで幅広く担当し、創業者から過去に株式25%を譲り受けました。

ところが1年前、2代目社長との経営方針対立から退職。

退職金はすでに支払われています。

それでも株式25%は残りました。

そして元専務から、

「株式を買い取ってほしい」

「最低でも2億円近い価値はある」

と言われるようになりました。

この問題の本質は「1億8,000万円が高いか安いか」ではない

会社側は、

「税務上の株価評価では1億円台前半なのに、1億8,000万円は高すぎる」

と考えています。

元専務は、

「土地も現預金もある会社なのだから、その評価は安すぎる」

と反論します。

こうなると、話は、

1億3,000万円。

1億5,000万円。

1億8,000万円。

という価格交渉になります。

しかし私は、ここから入るべきではないと考えます。

なぜなら、元専務の25%を買い取っても、創業者が20%持っているからです。

創業者の相続が発生すれば、今度はその20%を誰が持つのかという問題が起こります。

元専務の株式を買えば株主問題が終わるとは限りません。

まず「10年後の株主構成」を決める

私なら、元専務との価格交渉より先に、会社全体の株主構成を整理します。

確認したいのは、

  • 10年後に誰が経営しているのか
  • その人が何%の議決権を持つべきなのか
  • 創業者の20%を誰へ承継するのか
  • 会社に関与しない親族へ株式が分散しないか
  • 従業員持株会10%を今後どう位置づけるのか
  • 元専務25%を全部取得する必要があるのか

です。

つまり、

株を買ってから経営権を考えるのではなく、欲しい経営権構造を決めてから必要な株式を考えます。

退職したから株式を返してもらえるわけではない

中小企業では、

「会社を辞めたのだから株も返してほしい」

という感覚が生まれやすいものです。

しかし、役員であることと株主であることは別です。

退職したからといって、当然に株主ではなくなるわけではありません。

だからこそ、株式を渡す時点で、

  • 退職時の株式処理
  • 譲渡価格
  • 譲渡先
  • 死亡時・相続時の扱い

などを検討しておくことが重要です。

今回の最大の問題は、元専務へ株式を渡したことではありません。

出口を決めずに株式を渡したことです。

税務上の株価だけで買取価格を決めない

非上場株式には、上場株式のような市場価格がありません。

そのため株価評価には複数の考え方があります。

税務上の評価。

会社の純資産。

収益力。

配当。

不動産などの含み益。

評価目的によって見方が変わります。

私は、

「税務評価額が1億3,000万円だから、それ以上は払わない」

とは考えません。

逆に、元専務が、

「会社に土地があるから2億円以上だ」

と主張したから、その金額が正しいとも考えません。

価格は一つの評価方法だけで決めず、複数の評価方法を並べて交渉材料にすることが重要です。

25%全部を一括で買う必要はあるのか

株式買取というと、

「25%全部買うか、買わないか」

という話になりがちです。

しかし、私はその二択にしません。

例えば、

  • まず10%だけ取得する
  • 数年間かけて段階的に取得する
  • 会社取得と社長個人取得を組み合わせる
  • 一定割合を残しながら将来の買取条件を決める

という方法も考えられます。

重要なのは、25%という数字そのものではありません。

何%取得すると経営権がどの程度安定するのか

を見ることです。

株式問題を解決するために本業を弱くしない

今回、元専務は1億8,000万円での買取を提示しています。

会社には一定の現預金があります。

だから、

「払えるなら払って終わらせればいい」

という考えもあります。

しかし会社には、新しい設備投資や運転資金も必要です。

さらに創業者20%の将来整理にも資金が必要になるかもしれません。

ここで1億8,000万円を一度に出し、その結果、

設備投資を止める。

借入余力が落ちる。

運転資金が薄くなる。

という状態になれば、本末転倒です。

株主問題を解決するために、本業の競争力を落としてはいけません。

よくある失敗① 面倒な株主だから高値で買って終わらせる

元役員との関係が悪化すると、経営者は、

「多少高くても買ってしまいたい」

と感じます。

株主総会で細かく質問される。

配当について文句を言われる。

他の株主にも接触される。

精神的にも負担です。

しかし、その感情だけで1億円単位の資金を動かすのは危険です。

まず確認するべきなのは、

「その株式を取得すると、会社に何が残るのか」

です。

よくある失敗② 譲渡制限株式だから放置する

反対に、

「譲渡制限があるから第三者へ自由に売れない」

として、時間をかければよいと考えるのも危険です。

株主である以上、株主総会や配当、一定の株主権に関する問題は残ります。

さらに、元専務本人が亡くなれば、その株式が相続される可能性もあります。

つまり、

今の株主問題を先送りすると、将来は「知らない相続人との株主問題」に変わることがあります。

創業者の株式は相続前に考える

今回、創業者も20%の株式を持っています。

しかも体調が悪化しています。

この場合、元専務の株式だけを見ていてはいけません。

創業者の株式が将来、

2代目社長。

会社に関与していない妹。

その他の相続関係者。

へ分散すれば、株主管理はさらに複雑になります。

私は、事業承継では、

相続が起きてから株式を整理するのではなく、相続前に株主構成を設計すること

が重要だと考えます。

配当を増やせば解決するとは限らない

元専務は、

「会社は利益が出ているのに配当が少ない」

と不満を持っています。

ならば配当を増やせばよいようにも見えます。

しかし、高配当を続ければ設備投資や内部留保は減ります。

また、配当を増やしても25%株主という構造は変わりません。

配当政策と株式マネジメントは分けて考える必要があります。

元役員を「邪魔な株主」とだけ見ない

元専務には、

「30年間会社を支えた」

という自負があります。

創業者も功労者として評価しています。

ここで会社側が、

「退職したのだからもう関係ない」

という態度を取れば、交渉は感情的になります。

私なら、

「これまでの貢献は評価している。ただ、次の世代へ会社を引き継ぐため、株主構成を整理したい」

という話にします。

株式交渉では、金額だけでなく、

相手が何を失ったと感じているのか

を見ることも重要です。

私ならこう進めます


現在の株主構成を確認する
↓
議決権構造を確認する
↓
10年後の理想的な株主構成を決める
↓
創業者20%の相続シナリオを作る
↓
元専務25%を何%整理する必要があるか決める
↓
会社取得・社長個人取得を比較する
↓
一括取得・一部取得・分割取得を比較する
↓
複数方法で株価評価する
↓
設備投資・運転資金への影響を確認する
↓
元専務と価格・取得時期を交渉する

実務上のチェックポイント

  • 現在の株主名簿
  • 定款
  • 譲渡制限の内容
  • 各株主の議決権比率
  • 種類株式の有無
  • 株主間契約の有無
  • 元役員へ株式を渡した経緯
  • 退職時の株式処理ルール
  • 元役員の株式取得価格
  • 現在の純資産
  • 土地などの含み益
  • 過去5年間の利益
  • 配当実績
  • 役員報酬
  • 元役員の希望価格の根拠
  • 複数の株価評価
  • 自己株式取得に使える資金
  • 運転資金
  • 設備投資予定
  • 金融機関への影響
  • 社長個人での取得可能性
  • 分割取得の可能性
  • 元役員本人の相続人
  • 創業者の相続人
  • 創業者の遺言・承継方針
  • 会社に関与しない親族の株式保有意向
  • 従業員持株会の規約
  • 持株会の議決権行使方法
  • 10年後の経営者
  • その経営者に必要な議決権比率

経営者に確認したい一つの質問

私は、このような案件では最後にこう聞きます。

「元専務の株式25%を明日全部買い取れたとして、10年後の株主問題は本当に解決していますか?」

創業者20%が残る。

相続がある。

持株会がある。

後継者も変わるかもしれない。

それなら、今回の1億8,000万円の交渉だけを解決しても、株式マネジメントは終わっていません。

なぜ法律だけでは解決できないのか

株式問題では、自己株式取得、譲渡制限、株主総会、相続など法律上の論点が重要です。

しかし法律だけでは、

何%買うべきか。

1億8,000万円払うべきか。

設備投資とどちらを優先するか。

創業者との関係をどうするか。

元役員の感情をどう整理するか。

までは決まりません。

法律上できることと、会社としてやるべきことは別です。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を次の世代へ安定して残せるかです。

まとめ|株式マネジメントは「いくらで買うか」より「誰に持たせるか」

退職した元役員が株式を持ち続けている場合、私はいきなり買取価格の交渉から始めません。

まず確認するのは、

10年後の経営者は誰なのか。

その人に何%の議決権が必要なのか。

創業者の株式はどうなるのか。

会社に関与しない親族へ株式が分散しないか。

元役員の25%を全部買う必要があるのか。

です。

「いくらで買うか」より先に、「誰が株主であるべきか」を決める。

私は、それが中小企業の株式マネジメントで最初に考えるべきことだと思います。

株式問題は、価格交渉ではなく経営権設計です。


※本記事は、中小企業の株式マネジメント、非上場株式、元役員株主、自己株式取得、株価評価、事業承継、相続等について、一般的な経営判断の考え方を整理したものです。個別案件における法的・税務上の判断を示すものではありません。実際の対応は、定款、株主構成、財務状況、株価、相続関係その他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

COLUMNコラム

2026.10.5

退職した元役員が株式を持ち続けているとき、会社はどう対応すべきか|中小企業の株式マネジメント

2026.10.4

売上トップの問題社員にパワハラ疑惑が出たとき、会社はどう対応するか|懲戒・降格・配置転換の判断

2026.10.3

「結婚式キャンセル料128万円請求棄却」判決が映し出す、契約の本質と全体最適という視点

2026.10.3

不動産管理会社で修繕業者との癒着疑惑が出たとき、最初にすべきこと|修繕費・キックバック・内部通報への対応

2026.10.2

賃貸物件で孤独死があったとき、どこまで告知すべきか|事故物件・特殊清掃・告知義務の考え方

2026.10.1

「声」は誰のものか――生成AI時代の新しい法務

NEWSお知らせ

2026.07.28

夏季休暇のお知らせ

2026.04.27

ゴールデンウイーク期間中の休業日のご案内

2025.12.11

冬期休暇のお知らせ

2024.09.2

債権回収セミナー開催しました。

2024.08.17

スタートアップの支援もしています。

2024.07.23

夏季休暇のお知らせ