
介護施設で利用者家族の暴言が続くとき、契約解除すべきか|カスハラと職員保護の考え方
2026.10.06
介護施設で利用者家族から暴言が続いたら、どう対応すべきか
介護施設では、利用者本人には問題がなくても、その家族との関係が原因で現場が疲弊することがあります。
電話で長時間責められる。
職員個人へ人格否定的な言葉をぶつけられる。
「行政に言う」「SNSに書く」「マスコミに出す」と繰り返される。
そして職員が、
「もうこの家族には対応したくない」
「この状態が続くなら辞めたい」
と言い始める。
このような状況になったとき、経営者は非常に悩みます。
なぜなら、問題を起こしているのは家族であって、利用者本人ではないことが多いからです。
私は、この問題を単純に、
「契約解除するか、我慢するか」
の二択で考えない方がよいと思っています。
重要なのは、利用者本人への介護と、家族への対応を切り分けることです。
相談事例|利用者家族の暴言で職員が辞め始めた
ある住宅型有料老人ホームを想定します。
入居しているのは82歳のBさんです。
Bさん本人は比較的穏やかで、施設内でも大きなトラブルはありません。
問題は長男Cさんでした。
Cさんは母親を心配するあまり、施設へ頻繁に連絡します。
最初は通常の問い合わせでした。
しかし徐々に、
「こんなこともできないなら介護職を辞めろ」
「母に何かあったら責任を取れるんだろうな」
「行政にもSNSにも出す」
といった強い発言が増えていきました。
電話対応は月に何十回にもなり、職員一人に40分近く叱責を続けたこともあります。
その結果、1人が退職。
別の職員も転職を検討。
夜勤職員からは、
「このままならシフトを減らしてほしい」
という声まで出ました。
この問題の本質は「苦情を言う家族を排除すること」ではない
私は、この問題の本質は、単にCさんがクレーマーかどうかではないと考えます。
施設側に本当に不備があった可能性もあります。
転倒。
食事摂取。
発熱時の受診。
夜間の見守り。
こうした介護内容について、家族が疑問を持ち説明を求めること自体は不自然ではありません。
だから、
「苦情が多いからカスハラ」
と決めつけるのも危険です。
一方で、正当な苦情であっても、伝え方に限度はあります。
要求内容が妥当かどうかと、要求の手段が妥当かどうかは別に考える必要があります。
まず「正当な苦情」と「カスハラ」を分ける
例えば、
- 転倒時の経緯を説明してほしい
- なぜ受診しなかったのか知りたい
- 介護記録を確認したい
という要求は、内容によっては正当なものです。
しかし、
- 長時間にわたる叱責
- 人格否定
- 職員個人への威圧
- 同じ要求を複数職員へ繰り返す
- SNSや行政を使った過度な威嚇
- 通常業務を妨げるほどの頻繁な連絡
まで進めば、別問題です。
私は、ここを混ぜないことが重要だと思います。
利用者本人と家族対応を切り分ける
今回、社長は、
「Bさん本人には何も問題がない」
として契約解除に消極的です。
その感覚自体は理解できます。
しかし、だからといってCさんへの対応を無制限に受け入れる必要はありません。
むしろ、Bさん本人への介護を続けるためにこそ、Cさんとの関係を整理する必要があります。
私なら、まず、
- 連絡窓口を一本化する
- 電話可能時間を決める
- 通常報告の頻度を決める
- 職員個人への直接連絡を制限する
- 暴言や長時間叱責があった場合の終了基準を決める
といったルールを文書化します。
「家族だから仕方ない」で職員に我慢させない
介護現場では、
「家族も不安なのだから仕方ない」
という考え方になりやすいものです。
もちろん、家族の不安に配慮することは必要です。
しかし、職員が退職するまで我慢させることとは別です。
今回、すでに、
- 退職者が出ている
- 転職を検討する職員がいる
- 夜勤を避けたい職員がいる
- 月25時間程度を一つの家族対応に使っている
という状態です。
これは、単なるクレーム対応の問題ではありません。
人員配置とサービス継続の問題です。
職員を守ることは、利用者を守ることでもある
経営者が、
「利用者第一だから職員には我慢してほしい」
と考えると、短期的には利用契約を維持できます。
しかし職員が辞めれば、夜勤体制が組めなくなります。
残った職員へ負担が集中します。
採用しても、新しい職員が夜勤をできるようになるまで時間がかかります。
その結果、他の利用者へのサービスまで悪化します。
つまり、
職員保護は利用者保護と対立するものではありません。
安全に介護を提供し続けるための条件です。
いきなり出入り禁止・契約解除にしない
だからといって、最初から、
「もう来ないでください」
「次に暴言があれば退去です」
とするのも慎重です。
私は段階を作った方がよいと考えます。
例えば、
第1段階:正式な注意と連絡ルールの明文化
第2段階:一般職員への直接接触制限
第3段階:来館時は責任者同席
第4段階:連絡方法・面会方法の追加制限
第5段階:改善がなければ契約継続そのものを再検討
という形です。
この方が、施設側の対応も一貫します。
カスハラ対応で重要なのは記録
こうした問題では、後から、
「そんなことは言っていない」
「施設側が一方的に追い出した」
という話になりがちです。
だから私は、感情ではなく記録を優先します。
例えば、
- 電話日時
- 対応時間
- 具体的な発言
- 要求内容
- 施設側の回答
- 職員への影響
- 過去の注意内容
- 改善期間
などを残します。
「嫌だった」ではなく、「何が、いつ、どの程度起きたのか」を残すことが重要です。
SNSや行政への通報を恐れすぎない
経営者が特に怖いのは、
「SNSに書く」
「行政へ言う」
という言葉です。
もちろん評判リスクはあります。
しかし、これを恐れて要求をすべて受け入れると、施設側の対応基準が崩れます。
重要なのは、投稿されないように相手の要求へ従うことではありません。
第三者に見られても説明できる対応を積み重ねることです。
施設側に問題があった部分は認める。
改善する。
一方で、職員への暴言や業務妨害的な行為には境界線を引く。
この姿勢の方が長期的には説明しやすいと思います。
契約解除は「最後のカード」だが、準備は早くする
私は今回、すぐ契約解除するべきとは考えません。
しかし、
「Bさん本人に問題がないから絶対に解除しない」
とも考えません。
すでに職員退職や夜勤体制への影響が発生しています。
この状態がさらに続けば、施設そのものがBさんへ適切な介護を提供できなくなる可能性があります。
だから、契約解除を決める前から、
- 契約解除条項
- 重要事項説明書
- 利用者本人への影響
- 代替受入先
- ケアマネ等との連携
を確認しておきます。
これは、Bさんを追い出すためではありません。
本当に継続できなくなったとき、Bさんを路頭に迷わせないためです。
よくある失敗① 社長が全部謝って収める
介護施設では、トラブルが起きるたび社長や施設長が謝罪して収めることがあります。
短期的には静かになります。
しかしルールを作らなければ、また同じことが起きます。
今回も一度面談し、Cさんは一時的に落ち着きました。
しかし数週間後には再発しました。
これは、個人の説得だけでは解決しにくいことを示しています。
よくある失敗② 人を増やして対応力を上げる
「人手が足りないからクレーム対応がつらい」
と考え、採用を増やす方法もあります。
しかし、カスハラへの耐久力を上げるために採用するのは本末転倒です。
介護人材の採用には費用も時間もかかります。
原因となる対応ルールを変えないまま人を増やしても、新しい職員が同じ問題に巻き込まれるだけです。
よくある失敗③ 一度でも暴言があれば即退去とする
反対に、現場を守りたいあまり、
「次に一度でも暴言があれば退去」
とするのも硬すぎます。
家族の言動には程度差があります。
利用者本人への影響も大きい。
だから私は、段階措置を作ります。
警告。
接触制限。
来館ルール。
改善期限。
その上で、どうしても継続できない場合に契約関係を見直します。
私ならこう考える
事実を記録する
↓
施設側の不備と家族側の過剰行為を分ける
↓
利用者本人と家族対応を切り分ける
↓
連絡窓口を一本化する
↓
電話・来館・職員接触のルールを文書化する
↓
違反時の段階措置を設定する
↓
職員の退職・休職リスクを確認する
↓
利用者本人への影響を確認する
↓
代替受入先を確認する
↓
改善しない場合に契約継続を再検討する
実務上のチェックポイント
- 利用契約書
- 契約解除条項
- 重要事項説明書
- 家族・身元引受人の契約上の立場
- 過去の電話記録
- 暴言・威嚇内容
- 電話対応時間
- SNS投稿
- 口コミ投稿
- 施設側の過失・不備
- 転倒記録
- 受診判断記録
- 食事摂取記録
- 過去の注意内容
- 注意後の改善期間
- 職員の欠勤状況
- 退職理由
- 夜勤シフトへの影響
- 他利用者への業務影響
- カスハラ対応方針
- 連絡窓口
- 来館ルール
- 録音・記録方針
- 利用者本人の意思
- 認知機能
- 家族関係
- 他の親族の有無
- ケアマネ等との連携状況
- 代替施設の候補
- 契約継続できる限界
経営者に確認したい一つの質問
私は、このようなケースでは最後にこう聞きます。
「Cさんがこのまま半年間何も変わらなかったとして、この施設はBさんへ適切な介護を続けられますか?」
もし答えが、
「職員が辞めるので難しい」
であれば、問題はすでにCさんの態度だけではありません。
サービス提供体制そのものが危険になっています。
なぜ法律だけでは解決できないのか
カスハラ対策、労働者保護、介護契約、契約解除など、法律や制度の確認は当然必要です。
しかし法律だけでは、
どこまで家族の要望に応じるのか。
どの段階で職員との接触を制限するのか。
職員2人の退職と利用者1人の契約をどう比較するのか。
SNSリスクをどこまで許容するのか。
までは決まりません。
法律上可能かどうかと、現場が持続可能かどうかは別です。
重要なのは、誰が正しいかではなく、介護サービスを安全に続けられるかです。
まとめ|利用者を守るか職員を守るか、ではない
介護施設で利用者家族から暴言や過剰要求が続く場合、私はすぐ契約解除するとも、職員に我慢してもらうとも考えません。
まず、家族からの正当な苦情とカスハラを分けます。
その上で、利用者本人への介護と家族対応を切り分けます。
連絡窓口、電話時間、来館方法、禁止行為を明文化する。
改善しなければ段階的に接触を制限する。
同時に、利用者本人の代替受入先も確認しておく。
利用者を守るか、職員を守るかの二択ではありません。
両方を守れる介護提供体制を維持できるか。
私は、それを最初に考えるべきだと思います。
そして、その体制が維持できないところまで来たときに、初めて契約継続の可否を判断します。
※本記事は、介護施設における利用者家族からのカスタマーハラスメント、職員保護、利用契約、契約解除、SNS・口コミ対応等について、一般的な経営判断の考え方を整理したものです。個別案件における法的判断を示すものではありません。実際の対応は、利用契約、介護サービスの内容、利用者本人の状態、家族関係、過去の対応経緯その他の事情によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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