
利用者家族の暴言に、介護事業者はどこまで耐えるべきか。
2026.08.27
介護事業では、利用者本人だけでなく、その家族との関係に悩むことがあります。
特に難しいのが、家族から職員への暴言、威圧、過剰要求が続くケースです。
経営者としては、
「利用者本人には責任がない」
「簡単にサービスを止めれば、地域から見放されるのではないか」
と考えるでしょう。
その気持ちは理解できます。
しかし私は、
「介護なのだから、ある程度は我慢するしかない」
という考え方を続ける方が、経営上は危険だと考えます。
なぜなら、職員を守れない事業所は、最終的に利用者も守れなくなるからです。
相談事例
ある訪問介護事業者を想定します。
従業員は正社員46名、登録ヘルパー約72名。
問題となったのは、要介護3の高齢利用者Aさんと、同居する長男Bさんです。
Aさん本人には大きな問題はありません。
しかしBさんが、訪問するヘルパーに対して、
「金を払っているんだから言うことを聞け」
「介護職なんて代わりはいくらでもいる」
「会社にいられなくしてやる」
といった発言を繰り返していました。
さらに、本来の訪問介護サービスの範囲を超えて、家族分の洗濯や食事、庭掃除などを求めることもありました。
職員が断るとクレームになる。
そのため現場では、
「少しくらいならやった方が早い」
という対応が増えていきました。
会社が最初に間違えたこと
私は、この会社が最初に間違えたのは、Bさんへの対応を個々のヘルパーに任せたことだと考えます。
若手職員が暴言を受けたときも、管理者は、
「口が悪いだけだから受け流して」
と伝えていました。
その結果、問題が起きるたびに担当者を替えることになります。
そして最後は、経験15年のベテランCさんに、
「Cさんなら大丈夫」
と難しい利用者を任せました。
これは問題解決ではありません。
強い職員に問題を押し付けただけです。
ベテランだから耐えられる、は危険
Cさんは経験豊富な職員でした。
しかしBさんから人格を否定するような言葉を受け、スマートフォンで撮影までされるようになります。
やがて、
「Aさん宅へ行く前日は眠れない」
と話し、体調不良で休むようになりました。
私は、この時点で優先順位は明確だと考えます。
まず新たな被害を止める。
Cさんを再び一人で訪問させるべきではありません。
問題の解決策が決まるまで、管理者同行や複数名対応など、安全を確保する必要があります。
「Cさんを外せば解決」ではない
経営者は、
「Cさんだけ担当から外して、別の人に行ってもらえばいい」
と考えるかもしれません。
しかし、それでは次の職員が同じ目に遭うだけです。
さらに今回、Bさんは、
「Cを外したのは俺が本社に言ったからだ」
と他のヘルパーに話しています。
これは非常に危険です。
本人に、
「強くクレームを入れれば、会社は自分の要求を通してくれる」
という成功体験を与えているからです。
私なら「職員対家族」をやめる
私なら最初に、関係を変えます。
これまでの構図は、
ヘルパー個人 対 Bさん
でした。
これを、
会社 対 Bさん
に変えます。
職員個人に、
「もう少し柔らかく言って」
「うまく受け流して」
と求めるのではありません。
会社として、
- 提供できるサービスの範囲
- 職員への暴言や人格否定は認めないこと
- 威圧的な撮影への対応
- 問題発生時の連絡方法
- 改善されない場合の対応
を明確に伝えます。
要求とハラスメントは分けて考える
Bさんからの要望すべてを「カスハラ」と処理するのも違います。
家族には、不安や不満を伝える権利があります。
訪問時間が遅れれば、理由を聞きたいこともあるでしょう。
介護内容に疑問があれば説明を求めるのも当然です。
しかし、
「お前は介護に向いていない」
「会社にいられなくしてやる」
という人格攻撃や威圧まで受け入れる必要はありません。
正当な要望と、許容できない言動を分けること。
これが重要です。
紹介元を恐れて黙る方が危険
この会社には、もう一つ悩みがあります。
Aさんのケアマネジャーが所属する事業所から、年間約35名の紹介があることです。
社長は、
「サービスを止めたら、今後紹介してもらえなくなるのではないか」
と心配しています。
しかし私は、事情を隠したまま担当者だけを次々変更する方が危険だと考えます。
紹介元から見れば、担当者が頻繁に変われば当然違和感があります。
そして最後に突然、
「もう対応できません」
と言われた方が困ります。
私なら早い段階で、ケアマネジャーに、
- サービス外要求が続いていること
- 職員への暴言があること
- 撮影行為があったこと
- 担当変更が複数回起きていること
- 利用者本人へのサービスはできる限り維持したいこと
を客観的に共有します。
重要なのは、
「面倒な利用者を断りたい」のではなく、「安全にサービスを続ける方法を考えたい」
という姿勢です。
売上110万円と職員1人、どちらが重いか
Aさん一人の年間売上は約110万円です。
しかし、問題は金額だけではありません。
経験15年のCさんが辞めれば、その穴を簡単には埋められません。
さらに怖いのは、Cさん一人の退職ではありません。
若手社員が、
「この会社は利用者から何を言われても守ってくれない」
と感じることです。
登録ヘルパーがシフトを減らす。
正社員が辞める。
人手不足で新規利用者を受けられなくなる。
そうなれば、110万円どころではありません。
私は、この問題は顧客クレームの問題ではなく、人材定着の問題だと考えます。
「利用者第一」の意味を考え直す
社長の、
「利用者本人には罪がない」
という考え方は間違っていません。
私も、いきなり契約終了を最初の選択肢にはしません。
要介護3の利用者から突然サービスがなくなれば、生活への影響が大きいからです。
ただし、
利用者第一と、職員に我慢させることは同じではありません。
職員が安心して訪問できなければ、そもそも安定した介護サービスは提供できません。
つまり、職員を守ることは利用者保護と対立するものではなく、利用者を守るための前提です。
私なら段階的に対応する
私なら、次の順番で進めます。
新たな被害を止める
↓
過去の言動を記録する
↓
会社として許容できないラインを決める
↓
Bさんへ正式に説明する
↓
ケアマネジャー等と情報共有する
↓
安全にサービスを続けられる条件を作る
↓
改善がなければ訪問方法変更・他事業者への移行・契約終了を検討する
最初から、
「契約解除する」
と決める必要はありません。
しかし、
「どこまでいっても絶対に契約は終わらせない」
と決める必要もありません。
重要なのは、段階を踏んで判断できるようにすることです。
実務上のチェックポイント
私なら、少なくとも次の点を確認します。
- 過去にどのような暴言があったか
- いつ、誰に、何を言ったか
- 撮影行為の内容
- 身体的な危険がなかったか
- 過去に担当を外れた職員の理由
- Cさんの現在の体調と希望
- 実際の苦情記録が残っているか
- 訪問介護計画のサービス範囲
- 契約書・重要事項説明書の内容
- 過去にサービス外要求へ応じていないか
- ケアマネジャーが把握している情報
- 管理者同行や複数名対応ができるか
- Bさんが不在の時間帯へ変更できるか
- 危険時に職員が退出できるルールがあるか
- 職員が相談したときの社内対応ルールがあるか
なぜ法律だけでは解決できないのか
カスタマーハラスメントへの対応や職員の安全確保について、事業者として確認すべきルールはあります。
一方、法律上どう対応できるかだけを考えても、この問題は解決しません。
利用者本人への影響。
家族との関係。
ケアマネジャーとの信頼。
職員の離職。
採用難。
現場の士気。
これらを同時に考える必要があります。
だから私は、
「契約を切れるかどうか」より先に、「安全にサービスを続けられる条件を作れるか」
を考えます。
まとめ
介護事業では、利用者や家族との関係を簡単に切ることはできません。
特に本人に責任がない場合、経営者が悩むのは当然です。
しかし、だからといって、職員に我慢させ続けることが利用者第一ではありません。
私は、この問題の最初の一手は、
「新たな被害を止め、個人対家族の問題を会社対家族の問題に変えること」
だと考えます。
職員を守る。
事実を記録する。
会社として境界線を示す。
紹介元と連携する。
そのうえで、安全にサービスを続けられるか判断する。
利用者を守るために職員へ我慢させるのではなく、職員を守れる会社にすることで介護サービスを守る。
私は、これがこのケースで最初に守るべきものだと考えます。
※本記事は一般的な経営判断の考え方を整理したものであり、個別案件における法務・労務上の判断を示すものではありません。実際のサービス継続、契約終了、ハラスメント対応等は、契約内容、事実関係、利用者の状況、関係機関との連携その他の具体的事情によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
COLUMNコラム
2026.08.27
利用者家族の暴言に、介護事業者はどこまで耐えるべきか。
2026.08.26
育休から復職する管理職を外すべきか。
2026.08.25
契約社員を「無期転換前に雇止めしたい」と思ったら、私はどう考えるか
2026.08.24
メンタル不調社員から「復職したい」と言われたら
2026.08.23
「未払い残業代を請求されたら、会社は何から手をつけるべきか」
2026.08.22
成果を出す管理職にパワハラ疑惑が出たら、私はどう考えるか
NEWSお知らせ
2026.07.28
夏季休暇のお知らせ
2026.04.27
ゴールデンウイーク期間中の休業日のご案内
2025.12.11
冬期休暇のお知らせ
2024.09.2
債権回収セミナー開催しました。
2024.08.17
スタートアップの支援もしています。
2024.07.23
夏季休暇のお知らせ
