古参幹部に不正疑惑が出たとき、最初に守るべきものは「人間関係」ではない

2026.07.18

長年会社を支えてきた幹部に、取引先からのキックバックや架空請求への関与が疑われた。

しかも、その幹部を外せば、進行中の大型工事が止まる可能性がある。

このような場面で、経営者が冷静に判断するのは簡単ではありません。

長年の功績を信じたい。家族ぐるみの付き合いもある。本人へ事情を聞かず、秘密裏に調査することに抵抗を感じる経営者もいるでしょう。

しかし私は、この問題で最初に守るべきものは、古参幹部との人間関係ではないと考えます。

最初に守るべきものは、現場の安全、証拠、会社の資金、そして工事を継続できる体制です。

相談事例

ある建設会社では、購買部長が特定の協力会社へ不自然に高い価格で発注し、その協力会社から購買部長の妻が経営する会社へ金銭が支払われているという匿名通報がありました。

購買部長は、創業当初から社長を支えてきた古参幹部です。

主要な協力会社との関係を一手に握り、急な工事でも職人や資材を確保できるため、社内で強い影響力を持っていました。

限定的な調査では、特定の協力会社への発注額が他社より高いこと、相見積りの記録がないこと、追加工事費が完工後に増額されていることが判明しました。

さらに、購買部長の妻が代表を務める会社へ、協力会社から約1,400万円が支払われていました。

ただし、これだけで不正と断定することはできません。

緊急手配や特殊な技術、人員確保の負担が価格に反映されていた可能性もあります。親族会社が実際に業務を行っていた可能性もあります。

問題は、不正疑惑と同時に、進行中の県立病院工事で施工上の不備まで見つかっていることです。

図面と異なる配線、防火区画の処理不足、検査写真の不自然な重複、作業員名簿と実際の入場者の不一致が疑われていました。

この問題の本質

私は、この問題の本質は、古参幹部が不正をしたかどうかだけではないと考えます。

本質的な問題は、発注、業者選定、検収、支払承認が一人に集中し、周囲がその判断を確認できない仕組みになっていたことです。

不正が事実であれば、本人の責任は重いでしょう。

しかし、一人の幹部が長年にわたり自由に業者を選び、価格を決め、支払いまで承認できたのであれば、それは会社の管理体制にも問題があります。

本人を処分するだけでは、同じ問題が別の担当者によって繰り返されます。

よくある失敗

本人への事情聴取を最初に行う

経営者としては、長年信頼してきた本人の説明を聞きたくなります。

しかし、証拠を保全する前に事情聴取を行えば、メール、請求書、承認履歴、取引先との連絡記録が削除・変更される可能性があります。

本人と協力会社が連絡を取り、説明を合わせることも考えられます。

本人の話を聞くことは必要です。ただし、それは証拠を確保した後です。

疑惑だけで直ちに懲戒解雇する

匿名通報と一部の資料だけで懲戒解雇すれば、後から処分の有効性を争われる可能性があります。

不正を厳しく処分する姿勢と、事実確認を省略することは別問題です。

重要なのは、厳しさではなく、調査の公正さです。

大型工事の完成まで調査を先送りする

進行中の工事を止めたくないという判断にも合理性はあります。

しかし、防火区画や配線に問題がある可能性が判明している以上、安全確認を後回しにはできません。

金銭不正の全容解明には時間がかかっても、安全上の問題は直ちに確認する必要があります。

通報者探しを始める

匿名通報者の動機に疑問を持つ経営者もいます。

しかし、最初に調べるべきなのは、誰が通報したかではなく、通報内容が事実かどうかです。

通報者探しを始めれば、社員は問題を見つけても報告しなくなります。

その結果、会社は重要な情報を失います。

私ならどう考えるか

私なら、最初に調査を二つに分けます。

一つは、発注、請求、支払い、親族会社への資金移動を確認する金銭調査です。

もう一つは、配線、防火区画、施工写真、作業員名簿を確認する安全・品質調査です。

この二つを混ぜてはいけません。

金銭不正の立証に時間がかかるからといって、安全確認を待つことはできません。

反対に、施工不備が見つかったからといって、購買部長が金銭不正を行ったと直ちに断定することもできません。

同時に、購買部長を発注・支払承認から一時的に外します。

これは懲戒処分ではありません。調査中に証拠や取引へ影響を与えないための暫定措置です。

協力会社への支払いについても、全額を感情的に止めるのではなく、工事の出来高が確認できる部分と、疑義のある部分に分けます。

最善策

最善策は、本人へ事前に知らせる前に、関係資料と電子データを保全することです。

具体的には、次の資料を確保します。

  • 発注書、請求書、見積書、追加工事資料
  • 会社メール、承認ログ、発注データの変更履歴
  • 協力会社への振込記録
  • 施工写真の元データ
  • 作業員名簿と現場の入退場記録
  • 親族会社との契約、請求書、成果物

その上で、本人への事情聴取を行います。

重要なのは、最初から犯人扱いしないことです。

しかし、長年の功績を理由に特別扱いすることも避けなければなりません。

本当に無実であれば、中立的な調査によって疑いを晴らすことが本人のためにもなります。

なぜ法律だけでは解決できないのか

法律上は、背任、業務上横領、懲戒処分、損害賠償、契約解除などが問題になります。

しかし、この問題を法律だけで処理しようとすると、会社の事業継続を見失う可能性があります。

直ちに懲戒解雇し、協力会社との契約をすべて解除すれば、病院工事が止まり、工期遅延による損害が発生するかもしれません。

反対に、工事を守るために疑惑を放置すれば、証拠が失われ、安全上の問題まで拡大します。

法律上は正しい対応でも、実行する順番を誤れば会社が壊れます。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。

実務上のチェックポイント

  • 通報資料と電子データの原本を保全する
  • 購買部長の権限を暫定的に停止する
  • 発注、検収、支払を別の担当者に分ける
  • 協力会社への支払いを出来高ごとに確認する
  • 病院現場の安全・品質を優先して点検する
  • 代替施工業者の候補を確保する
  • 通報者の特定や不利益な取扱いを行わない
  • 本人への聴取は証拠保全後に行う
  • 不正、過大発注、施工不備を分けて評価する
  • 調査結果に応じて処分、損害回収、対外報告を決める

まとめ

古参幹部に不正疑惑が出たとき、経営者が感情的になるのは自然です。

長年の功績を信じたい気持ちも、裏切られたかもしれないという怒りもあるでしょう。

しかし、感情のまま本人を守ったり、反対に直ちに切り捨てたりすれば、損失が拡大します。

私なら、まず安全を確認し、証拠を保全し、不正が続かないよう権限を止めます。

その上で、工事を継続できる代替体制を整え、事実を一つずつ確認します。

会社を守るために必要なのは、穏便さでも厳罰でもありません。事実を変えられない状態にしてから、公正に判断することです。

これが最初の一手です。


※本記事は、経営判断を考えるための架空の事例をもとに作成しています。実際の法的評価、契約上の義務、懲戒処分、損害賠償、刑事責任等は、個別の事実関係によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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