患者から「写真や個人情報を全部削除してほしい」と言われたら|美容クリニックの症例写真・診療記録・広告データ削除の考え方

2026.11.02

患者から「私の写真と個人情報を全部削除してください」と言われたら

美容クリニックでは、患者に関するさまざまな情報を扱います。

問診票、診療記録、施術前後の写真、LINEでの相談、カウンセリング録音、動画、SNS用の症例写真。

そのため、患者から突然、

「私に関するデータを全部削除してください」

と言われると、現場はかなり迷います。

患者本人が嫌がっている以上、全部消した方がいい。

そう考える人もいるでしょう。

一方で、施術トラブルや返金問題が続いている場合、

「今消したら、何を説明したか証明できなくなる」

という問題もあります。

私は、この問題を「全部消すか、全部残すか」では考えません。

そのデータを、何の目的で持っているのかを分けて考えるべきです。

相談事例|美容施術後のトラブル中に「全部削除してほしい」

ある美容クリニックを想定します。

患者Bさんは、SNS広告を見て来院しました。

広告には、

「ダウンタイムほぼなし」

「自然な仕上がり」

といった表現が使われていました。

Bさんはカウンセリングで、

「仕事上、顔の赤みが長く残ると困る」

と伝えていました。

その後、約24万円の施術を受けましたが、想定より赤みが長引きます。

Bさんは、

「広告で聞いていた話と違う」

として返金を要求。

クリニックは追加診察や薬剤費の無償対応は行いましたが、全額返金は拒否しました。

その最中、Bさんから、

「写真、録音、LINE、問診、動画、全部削除してください」

と要求が来ました。

さらに問題だったのは「広告にまだ写真が残っていた」こと

院内で確認すると、Bさんの施術写真は複数の場所に残っていました。

  • Instagramの過去投稿
  • Web広告
  • 広告用LP
  • 院内モニター
  • 広告代理店の共有フォルダ

しかもBさんから広告利用について得ていたのは、

「顔全体が分からなければ大丈夫です」

という口頭でのやり取りだけ。

どの媒体まで利用してよいのか。

広告配信も含むのか。

いつまで利用してよいのか。

削除を求められた場合どうするのか。

そこまで明確には決めていませんでした。

この問題の本質は「患者データの削除請求」だけではない

私は、このケースの本質は、

診療のためのデータと広告のためのデータが、会社の中で分けて管理されていなかったこと

だと考えます。

例えば同じ施術写真でも、

診療経過を確認するために必要な写真と、Instagram広告に使う写真では目的が違います。

にもかかわらず、同じフォルダから、

診療、症例紹介、SNS広告、スタッフ研修へ使われていた。

これでは、本人から削除要求が来たときに、

「どこまで消していいのか」

「何を残すべきなのか」

が判断できません。

私はまず「利用停止」と「削除」を分けます

患者から、

「もう広告に使わないでください」

と言われたら、私はまず新しい広告利用を止めます。

これは、診療記録を削除することとは別です。

広告利用停止はすぐできても、診療記録の削除判断には確認が必要です。

ここを一緒にしてはいけません。

まず広告利用を止める

今回、Bさんは明確に、

「今後一切写真を使わないでほしい」

と伝えています。

しかも、当初の広告利用に関する説明は曖昧です。

この状態で、

「返金問題が解決するまでは広告もそのままにします」

という判断は、経営的にはかなり危険だと考えます。

患者との施術トラブルと、広告利用の継続は別の問題です。

少なくとも、

  • 新しい広告配信
  • 新しいSNS投稿
  • 新しいLPへの掲載
  • 院内モニターでの継続表示

は早急に確認します。

「院内から消した」だけでは終わらない

今回さらに重要なのは、広告代理店の共有フォルダにもBさんの写真が残っていたことです。

会社側でInstagram投稿を削除しても、外部委託先が素材を持ったままなら、再利用される可能性があります。

私は、削除問題では必ず、

  • 広告代理店
  • Web制作会社
  • SNS運用会社
  • クラウドストレージ
  • 共有フォルダ

まで確認します。

削除とは、自社の画面から見えなくすることではありません。

一方で、診療記録や紛争証拠まで全部消してはいけない

今回、Bさんとは施術結果と返金についてまだ争いがあります。

そのため、

「本人が嫌がっているから録音もLINEも写真も全部消そう」

と進めると、後で事実確認ができなくなる可能性があります。

例えば、

  • どんな説明をしたのか
  • どんなリスク説明があったのか
  • 施術前の状態はどうだったのか
  • 施術後の経過はどうだったのか
  • Bさんが何を訴えていたのか

を確認するには、一定の記録が必要です。

ただし、

「紛争中だから全部残す」

でもありません。

紛争に必要なものだけを保全し、利用範囲とアクセス権を絞ります。

「保存する」と「広告で使う」は全く違う

ここは経営者が特に整理しておくべきところです。

例えば施術写真を、

診療経過確認のために保管すること。

Instagram広告に出すこと。

院内研修で使うこと。

Webサイトの症例紹介で使うこと。

これらは全部違う利用です。

一度写真を撮影したからといって、すべての目的で自由に使えるという考え方は危険です。

美容クリニックでは「同意の範囲」を具体的に決める必要がある

症例写真を使うなら、私は最低でも、

  • どの写真を使うのか
  • 顔のどこまで写るのか
  • 院内利用なのか
  • Webサイト利用なのか
  • SNS利用なのか
  • 広告配信にも使うのか
  • 利用期間はいつまでか
  • 本人が撤回した場合どうするか

を分けます。

「症例写真に使っていいですか」

という一言だけでは、後から解釈が分かれます。

420人分の症例写真が残っていた

今回の調査で、さらに大きな問題が見つかりました。

過去3年間で約420人分の症例写真が保存されていました。

しかし、

「診療記録だけなのか」

「院内症例紹介までOKなのか」

「InstagramまでOKなのか」

「広告配信もOKなのか」

が一覧で確認できません。

私は、ここまで来たらBさん一人の削除問題とは考えません。

会社全体の症例写真管理をやり直すべきタイミングです。

この問題は施術トラブルより大きくなることがある

Bさんの施術代は約24万円です。

もちろん返金問題も重要です。

しかしSNS上で、

「削除を頼んだのに、広告会社にも写真が残っていた」

と投稿されれば、問題は施術結果ではなくなります。

「患者の写真を勝手に使うクリニック」

という評判へ変わる可能性があります。

美容医療では、この信用低下の方が経営への影響が大きい場合があります。

よくある失敗① 削除要求が来たので全部消す

患者感情には配慮できます。

しかし診療や紛争に必要な記録まで削除すると、後で会社側も患者側も事実確認ができなくなります。

よくある失敗② 紛争中だから全部残す

返金問題があるからといって、広告利用まで続ける理由にはなりません。

証拠保全と広告利用を分けて考える必要があります。

よくある失敗③ 院内データだけ消して安心する

広告代理店やWeb制作会社、クラウドに残っている可能性があります。

外部委託先まで確認しなければ終わりません。

よくある失敗④ 広報担当だけを処分する

今回の問題は、一人の担当者のミスだけではありません。

診療用データと広告用データを会社が分けていなかったことが根本原因です。

私ならこう進める


新しい広告利用を即時停止する
↓
Bさんの写真・動画が存在する場所を全部洗い出す
↓
広告代理店等へ利用停止を指示する
↓
データを「診療・証拠・広告」に分類する
↓
必要な診療・証拠データはアクセスを限定して保全する
↓
広告素材は削除・非公開化する
↓
Bさんへ項目別に対応状況を説明する
↓
420人分の症例写真を棚卸しする
↓
診療用と広告用の保管場所を分ける
↓
今後の同意取得方法を再設計する

実務上のチェックポイント

  • 削除要求の内容
  • 診療録
  • 問診票
  • 施術同意書
  • 写真撮影の目的
  • 広告利用への同意
  • 録音データ
  • LINE履歴
  • 施術前後写真
  • Instagram掲載状況
  • Webサイト掲載状況
  • LP掲載状況
  • 広告管理画面
  • 院内モニター
  • 広告代理店共有フォルダ
  • Web制作会社保有データ
  • バックアップ
  • 外部委託先との契約
  • 利用停止指示の方法
  • 同意撤回時のルール
  • 広告素材の保存期間
  • アクセス権限
  • 過去の症例写真管理状況
  • 広告表現そのものの適切性

経営者に確認したい一つの質問

私は、このような患者データ削除問題では最後にこう聞きます。

「その写真を今持っている理由を、患者本人に説明できますか?」

診療のためなのか。

紛争対応のためなのか。

広告のためなのか。

答えられないのであれば、管理の仕組みを見直す必要があります。

なぜ法律だけでは解決できないのか

患者情報には、個人情報、診療記録、広告利用、証拠保全など複数の法律上の論点があります。

しかし、法律上保存できるからといって、患者が嫌がる写真を広告で使い続けることが経営上正しいとは限りません。

逆に、患者が削除を求めたからといって、必要な診療記録まで消してよいわけでもありません。

必要なのは、

  • 患者の感情
  • 診療上の必要性
  • 証拠保全
  • 広告利用
  • 委託先管理
  • SNS炎上リスク
  • クリニックの信用

を同時に見ることです。

重要なのは、削除要求に勝つことではなく、患者から預かった情報を目的に沿って管理できる会社であることです。

まとめ|患者データは「全部消す」「全部残す」で考えない

患者から「私の写真や個人情報を全部削除してください」と言われた場合、私は一括削除しません。

まず広告利用を止めます。

次に、データがどこにあるのかを確認します。

そして、

診療のために必要なのか。

紛争の証拠として必要なのか。

広告のために利用しているだけなのか。

を分けます。

必要な記録はアクセスを限定して保全し、広告目的のデータは削除・非公開化を進めます。

そしてBさん一人だけで終わらせず、過去の症例写真全体を見直します。

このケースの本当の問いは、「患者のデータを全部消すべきか」ではありません。

このデータを何の目的で持っているのか、一つずつ説明できるかです。

私は、それが美容クリニックの患者データ削除を考えるときの最初の判断基準だと考えます。


※本記事は、美容クリニック等における患者情報、症例写真、診療記録、広告利用、個人情報削除等について、一般的な経営判断の考え方を整理したものです。個別案件における削除義務、保存義務、広告利用の可否等を示すものではありません。実際の対応は、記録の種類、取得時の説明、利用目的、同意内容、保存義務、委託先の管理状況その他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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