経理担当者に横領疑惑が出たとき、会社は何を最初にすべきか|証拠保全・懲戒・損害回収の考え方

2026.10.09

経理担当者に横領疑惑が出たら、最初に何をすべきか

会社のお金を管理している経理担当者に、不自然な送金や取引が見つかった。

しかも、その相手先が本人や家族と関係している可能性がある。

このような状況では、経営者はすぐ本人を呼んで、

「これはどういうことだ」

と確認したくなります。

長年信頼してきた社員であれば、なおさらです。

しかし私は、この場面で最初に本人を問い詰めるべきではないと考えます。

最初に守るべきなのは、証拠、会社資金、そして経理業務の継続性です。

相談事例|勤続23年の経理部長に不正送金の疑い

ある建築設備工事会社を想定します。

年商は約13億円。

経理部長Bさんは勤続23年。

社長からの信頼も厚く、

  • ネットバンキング
  • 支払管理
  • 給与振込
  • 経費精算
  • 会計事務所対応
  • 金融機関対応

まで広く担当していました。

社内では、

「B部長がいないと会社の金が回らない」

と言われる存在です。

ところが若手経理社員が、見慣れない会社への振込を発見しました。

毎月数十万円。

契約書なし。

発注書なし。

請求書はPDFのみ。

さらに調べると、その会社の代表者がB部長の妻と同一人物である可能性が高いことが分かりました。

疑わしい振込総額は約1,900万円。

社長は動揺します。

「23年間信じてきたBがそんなことをするはずがない」

という気持ちと、

「本当なら会社として放置できない」

という気持ちがぶつかります。

この問題の本質は「横領したかどうか」をすぐ決めることではない

この段階では、B部長の不正はまだ確定していません。

実際に役務提供があったのかもしれない。

社内承認があった可能性もある。

一方で、本当に会社資金が私的に流用されていた可能性もあります。

だからこそ重要なのは、

先に事実を検証できる状態を作ることです。

本人を呼んで事情を聞くことは後でもできます。

しかし、消されたデータや廃棄された書類は戻らないことがあります。

なぜ本人への聴取を先にしてはいけないのか

もし本当に不正が行われていた場合、本人に、

「D企画への支払いについて説明してください」

と聞いた瞬間、会社がどこまで把握しているかが伝わります。

そこから、

  • メール削除
  • 請求書廃棄
  • データ修正
  • 口裏合わせ
  • 追加送金
  • 退職・失踪

といった動きが起こる可能性があります。

だから私は、

「聴取より先に証拠保全」

を優先します。

最初に保全すべきもの

私なら、まず次の資料を確認・保全します。

  • ネットバンキングの振込履歴
  • 振込承認履歴
  • 銀行口座明細
  • 会計データ
  • 仕訳変更履歴
  • 請求書
  • 発注書
  • 契約書
  • メール
  • 社内チャット
  • 共有フォルダ
  • バックアップ
  • 取引先マスタ変更履歴
  • 仮払金・立替金
  • 車両・リース関係資料

重要なのは、

「怪しい資料だけ」ではなく、正常な取引と比較できる形で残すことです。

証拠保全と同時に資金流出を止める

証拠だけ残しても、B部長が引き続き会社資金を自由に動かせる状態では危険です。

だから同時に、

  • 単独送金権限の停止
  • 二重承認
  • 新規振込先登録の制限
  • 銀行トークン管理の変更
  • 法人印管理の変更
  • 振込予約の確認

などを検討します。

ただし、この段階ではまだ不正確定ではありません。

そのため、

「B部長が犯人だから権限を奪う」

ではなく、

「内部統制の暫定見直し」

として進める方が実務的です。

横領疑惑より怖い「経理が1人に依存している会社」

今回、B部長が突然出社しなくなったら、どうなるでしょうか。

給与振込。

協力会社への支払い。

税金。

銀行対応。

会計処理。

これらが止まる可能性があります。

私は、この会社の本当の問題は横領疑惑だけではないと考えます。

経理機能が1人に集中しすぎていること自体が重大な経営リスクです。

仮にB部長が完全に無実でも、病気、事故、退職で会社は止まります。

「即懲戒解雇」は早すぎる

不正の疑いが強いと、

「もう解雇すべきだ」

という意見が出ます。

しかし、疑惑と事実認定は別です。

懲戒や解雇を行うのであれば、

  • 何をしたのか
  • 金額はいくらか
  • 何回行ったのか
  • 故意だったのか
  • 会社にどの程度損害が出たのか
  • 就業規則上の根拠

などを整理する必要があります。

私は、

「疑わしいから解雇」ではなく、「事実を確認してから処分」

が基本だと考えます。

「退職してもらって返金してもらう」で終わらせるのも危険

中小企業では、

「大ごとにしたくない」

という理由から、

「退職してもらい、一定額を返してもらえば終わりにしよう」

という判断もあります。

これは最終的な選択肢としてはあり得ます。

しかし、被害額の全容を確認する前に和解するのは危険です。

1,900万円だと思っていたら、実際には5,000万円だった。

別の会社にも送金していた。

税務処理にも影響していた。

という可能性があります。

和解は調査後のカードです。

内部通報者を守る

今回、最初に疑問を持ったのは若手経理社員です。

この社員は、

「自分が告げ口したと知られたら会社にいられない」

と不安を感じています。

会社がやってはいけないのは、

「誰が言ったんだ」

という通報者探しです。

また、通報後に、

  • 評価が下がる
  • 仕事を外される
  • 配置転換される
  • 職場で孤立する

といった状態が起きれば、今後ほかの社員も不正を見ても黙るようになります。

不正を見つけられる会社より、不正を言えない会社の方が危険です。

ただし通報者のデータ持出しも別に確認する

今回、通報した社員は、

「証拠を消されたくなかった」

として会計データをUSBへコピーし、自宅へ持ち帰っています。

目的は理解できます。

しかし会社規程では、データの社外持出しは禁止されています。

だから、

「会社を守ったのだから問題なし」

と即断するのも、

「規程違反だから処分」

と即断するのも違います。

目的、持ち出した範囲、保存方法、第三者提供の有無を確認して、別の問題として整理する必要があります。

金融機関や取引先への報告はタイミングが重要

不正疑惑が出ると、

「隠蔽していると思われる前に銀行へ言った方がいい」

という意見も出ます。

しかし、まだ事実が分からない段階で、

「経理部長に横領疑惑があります」

と外部へ広げれば、必要以上の信用不安を招く可能性があります。

まず確認するべきなのは、

  • 不正の有無
  • 金額
  • 期間
  • 財務諸表への影響
  • 資金繰りへの影響

です。

その上で、誰へ、どこまで、いつ説明するかを決めます。

社長本人を調査の中心にしすぎない

今回の社長は、B部長を23年間信頼してきました。

これは調査時には注意が必要です。

感情が、

「そんなはずはない」

に傾くこともあれば、逆に、

「裏切られた。絶対許さない」

に傾くこともあります。

だから私は、

調査する人と、最終判断する人をある程度分ける

方がよいと考えます。

よくある失敗① 本人を先に問い詰める

もっとも起こりやすい失敗です。

経営者は早く真相を知りたい。

しかし、真相を早く知ろうとして証拠を失えば、本末転倒です。

早くやるべきなのは処分ではなく、保全です。

よくある失敗② 全社員へすぐ説明する

「会社は隠蔽しません」

と示したくなる気持ちは分かります。

しかし不正未確定段階で社内に広げると、噂が外へ流れる可能性があります。

また、無実だった場合のダメージも大きい。

初期調査は、必要最小限のメンバーで進めるべきです。

よくある失敗③ 返金してもらえば終わりと考える

本当に不正だった場合、返金は重要です。

しかし、お金を戻してもらえば会社の問題が終わるわけではありません。

なぜ、1人で送金できたのか。

なぜ、契約書のない取引が続いたのか。

なぜ、社長承認が形式化していたのか。

ここを直さなければ、次の不正が起きます。

私ならこう進めます


追加送金を止める
↓
銀行・会計・メール等の証拠を保全する
↓
経理のバックアップ担当を確保する
↓
疑わしい取引を一覧化する
↓
役務提供の実態を確認する
↓
関係会社との関係を確認する
↓
本人へ事情聴取する
↓
事実認定する
↓
懲戒・自宅待機等を判断する
↓
損害回収を検討する
↓
刑事対応を判断する
↓
金融機関・取引先への説明範囲を決める
↓
内部統制を再構築する

実務上のチェックポイント

  • ネットバンキング権限
  • 送金承認ルール
  • 実際の運用
  • 振込先登録権限
  • 銀行トークン管理
  • 法人印管理
  • 法人カード管理
  • 疑わしい取引先への支払履歴
  • 契約書
  • 発注書
  • 請求書
  • 検収記録
  • メール・チャット
  • PCデータ
  • 会計仕訳
  • 仕訳変更履歴
  • 仮払金
  • 立替金
  • 車両リース
  • 会計事務所からの過去指摘
  • 短期借入増加との関係
  • 疑惑対象者と取引先との関係
  • 通報者への発言
  • 内部通報制度
  • 給与支払の代替担当
  • 協力会社への支払代替担当
  • 証拠バックアップ
  • 外部説明の必要性
  • 損害回収可能性
  • 再発防止策

経営者に確認したい一つの質問

私は、このようなケースでは最後にこう聞きます。

「今日その経理担当者が出社しなくなっても、給与と取引先への支払いを正常に続けられますか?」

もし答えが「できない」であれば、

横領疑惑とは別に、経理体制そのものに大きな問題があります。

なぜ法律だけでは解決できないのか

横領、不正送金、懲戒、解雇、損害賠償、刑事対応など、法律上の検討は当然重要です。

しかし法律だけでは、

いつ本人へ聞くか。

いつ自宅待機にするか。

銀行へいつ話すか。

通報者をどう守るか。

翌月の給与を誰が払うか。

までは決まりません。

重要なのは、犯人を早く決めることではありません。

会社が止まらず、あとから事実を証明できる状態を先に作ることです。

まとめ|横領疑惑では「問い詰める前に守る」

経理担当者に横領や不正送金の疑いが出た場合、私はすぐ本人を問い詰めません。

まず証拠を守る。

会社資金を守る。

給与や取引先への支払いを止めない。

通報した社員を守る。

その状態を作った後で、本人へ事情を聞きます。

そして事実確認後に、懲戒、損害回収、刑事対応、外部説明を判断します。

横領疑惑で最初に優先すべきなのは、「誰が悪いか」を決めることではありません。

後から何が起きたのかを証明できる状態を残すことです。

私は、それが会社を守る最初の一手だと考えます。


※本記事は、経理担当者による横領・不正送金疑惑、証拠保全、懲戒、内部通報、損害回収等について、一般的な経営判断の考え方を整理したものです。個別案件における法的判断を示すものではありません。実際の対応は、送金権限、証拠、就業規則、取引実態、財務への影響その他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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