
売上か、社員か。カスハラ問題で経営者が最初に守るべきものとは
2026.07.31
「昔からのお客様だから。」
中小企業では、この一言で多くの問題が先送りされることがあります。
長年付き合いのある顧客は、会社を支えてくれた恩人かもしれません。
しかし、その顧客からの要求が年々エスカレートし、社員が疲弊し、退職まで考えるようになっていたとしたら、経営者は何を優先すべきでしょうか。
私は、この問題の本質は「迷惑な顧客をどうするか」ではないと考えます。
本当に問われているのは、「会社は誰を守る会社なのか」という経営姿勢です。
相談事例
ある住宅設備会社では、創業以来20年以上取引のある地主から毎年多額の工事を受注していました。
会社にとって重要顧客であり、売上全体の約18%を占めています。
ところが近年、その顧客の要求は徐々に過激になっていきました。
- 休日や深夜の電話
- 緊急性のない呼び出し
- 担当者への人格否定
- 無償対応の要求
- SNSへ低評価を書くことを示唆した値引き要求
若手社員は担当変更を希望し、ベテラン社員も転職を考え始めています。
一方、営業部は「この顧客を失えば売上が大きく落ちる」と主張し、社長も「昔からのお客様だから我慢してほしい」と考えていました。
この問題の本質
私は、このケースをカスタマーハラスメントだけの問題として考えるべきではないと思います。
顧客が無理な要求をしたことは確かに問題です。
しかし、その要求が何年も続いていたにもかかわらず、会社が「特別なお客様だから」と例外対応を積み重ねてきたことにも目を向ける必要があります。
つまり、今回の問題は、顧客が突然変わったのではありません。
会社が境界線を示さなかった結果、要求が当たり前になってしまったのです。
そして、そのしわ寄せは現場の社員に集中しました。
よくある失敗
「売上のためだから仕方ない」と考える
重要顧客への依存度が高い会社ほど、この判断をしがちです。
しかし、社員が辞めれば施工能力やサービス品質は低下し、結果的には他の顧客にも影響が及びます。
短期的な売上を守ったつもりが、長期的には会社全体の競争力を失うことになりかねません。
担当者を替えるだけで終わる
担当変更は一時的な対策にはなります。
ですが、顧客の行動が変わらなければ、問題は次の担当者へ引き継がれるだけです。
根本的な解決にはなりません。
感情的に取引を打ち切る
社員を守りたいという思いから、即座に取引終了を決断したくなる場面もあるでしょう。
しかし、重要顧客との関係を突然断てば、会社の資金繰りや地域での評判にも影響します。
まずは会社としての対応基準を示し、改善の機会を設けることが重要です。
私ならどう考えるか
私なら、まず過去の対応を時系列で整理します。
どのような要求があり、会社はどう対応し、その結果どうなったのか。
社員へのヒアリングも行い、精神的負担や業務への影響を把握します。
そのうえで、会社として対応方針を明文化します。
- 夜間・休日対応のルール
- 無償対応の範囲
- 担当者への暴言や人格否定への対応
- 緊急時の連絡方法
- カスハラ発生時の社内報告体制
これらを整理したうえで、顧客へ会社として説明します。
ポイントは、「担当者がお願いする」のではなく、会社としての方針を伝えることです。
最善策
私なら、次の順番で対応します。
- これまでの経緯を記録として整理する
- 社員へのヒアリングを実施する
- カスハラ対応方針を策定する
- 顧客へ会社として許容できる範囲とできない範囲を説明する
- 改善が見られない場合は取引縮小や終了を検討する
- 特定顧客への売上依存を減らす営業戦略を進める
ここで大切なのは、「顧客を切ること」ではありません。
社員が安心して働ける基準をつくり、その基準を例外なく運用することです。
なぜ法律だけでは解決できないのか
カスタマーハラスメントに対する社会的なルールは整備されつつあります。
しかし、法律があるからといって、現場の問題が自動的に解決するわけではありません。
実際の現場では、売上への依存、創業時からの恩義、地域での評判、社員の採用難など、さまざまな事情が重なります。
法律上は顧客対応を断れる場面であっても、経営判断としては慎重に進める必要があります。
だからこそ、感情ではなく、会社としての基準を先に決めることが重要なのです。
実務上のチェックポイント
- 問題となる言動を記録しているか
- 社員が安心して相談できる窓口があるか
- 夜間・休日対応の基準があるか
- 無償対応のルールが明文化されているか
- カスハラ対応マニュアルを整備しているか
- 管理職が対応基準を理解しているか
- 重要顧客への売上依存度を把握しているか
- 代替顧客の開拓を進めているか
- 社員の離職リスクを定期的に確認しているか
- 「例外対応」が常態化していないか
まとめ
カスタマーハラスメントは、顧客だけの問題ではありません。
会社がどのような基準で顧客と向き合うのかという、経営そのものの問題です。
私は、このケースで最も危険なのは、売上を守るために社員へ我慢を強いることだと考えます。
社員は、会社が自分たちを守ってくれると信じられるからこそ、お客様にも誠実な対応ができます。
その信頼が失われれば、会社の技術も品質も、やがて失われてしまいます。
重要なのは、売上か社員かを選ぶことではありません。
社員を守れる会社だからこそ、長期的に顧客からも選ばれ続けるという経営を目指すことです。
※本記事は、経営判断を考えるための架空の事例をもとに作成しています。実際の対応は、契約内容や事実関係、業種・地域の事情などによって異なります。
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丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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