
「辞めてもらいたい」と思ったとき、会社が最初にすること
2026.09.17
「もう辞めてもらいたい」と思った瞬間が、一番危ない
長年働いてきた社員。
昔は会社に大きく貢献していた。
顧客からの信頼もある。
しかし今は、若手への高圧的な言動が増え、会社の方針にも従わない。
部下が辞める。
顧客情報も抱え込む。
社長との関係も悪化している。
経営者として、
「もう一緒にやるのは難しい」
と思うことはあります。
そのとき、
「解雇は難しい。それなら退職勧奨で辞めてもらおう」
と考えたくなります。
私は、この順番は危ないと考えます。
退職勧奨の方法を考える前に、会社側の事実を整理するべきです。
相談事例
ある設備工事会社を想定します。
営業部長は56歳、勤続27年。
かつてはトップ営業で、現在でも大口顧客との関係を持っています。
一方で、ここ数年は、
- 部下への高圧的な言動
- 若手への顧客引継ぎ拒否
- 営業管理システムへの入力拒否
- 経営方針への公然とした批判
- 複数の若手社員の退職
が問題になっていました。
社長は何度か口頭で注意しています。
しかし、面談記録はほとんどありません。
何を改善してほしいのか。
いつまでに改善してほしいのか。
改善しなければどうするのか。
そこまでは整理されていませんでした。
それでも社長の中では、すでに、
「この人には辞めてもらいたい」
という結論ができています。
この問題の本質
私は、この問題の本質は、
「退職勧奨をどう成功させるか」ではない
と考えます。
先に確認すべきなのは、
- 会社は何を問題だと考えているのか
- その事実は記録されているのか
- 本人に改善を求めたのか
- 改善する機会を与えたのか
- 管理職から外せば解決する問題なのか
- 顧客担当としての価値を残す方法はないのか
です。
ここが曖昧なまま退職勧奨を始めると、面談は、
「会社としてどう働いてほしいか」
ではなく、
「社長があなたを嫌っているから辞めてほしい」
という話に見えやすくなります。
退職勧奨を「解雇の代用品」にしない
退職勧奨は、本人が自由な意思で退職に合意することを前提にするものです。
だから、
会議室に呼ぶ。
長時間説得する。
断っても何度も呼ぶ。
「あなたのためだ」と言い続ける。
「応じなければ解雇になる」と圧力をかける。
こうした方法で本人を追い込めば、形式上は退職届があっても、後から大きな問題になる可能性があります。
私は、退職勧奨を、
「解雇できない人に自分から辞めてもらう技術」
とは考えません。
まず「辞めてもらいたい理由」を分解する
今回の営業部長には、いくつもの問題が混ざっています。
ハラスメント的な言動。
部下育成。
営業情報の抱え込み。
経営方針への反発。
売上低下。
社長との人間関係。
これを全部まとめて、
「問題社員だから辞めてもらう」
としてはいけません。
私は一つずつ分けます。
例えば、売上低下は市場環境の影響もある。
一方、部下への発言や顧客情報の抱え込みは、会社として明確に改善を求めることができます。
評価できるものと、改善を求めるものを分ける。
これが必要です。
「昔は功労者だった」は、残す理由にも辞めさせる理由にもならない
古参社員の問題では、過去の貢献が必ず出てきます。
社長側は、
「昔はすごかったけれど、今は会社に合わない」
と言う。
本人は、
「この会社を作ってきたのは自分だ」
と言う。
どちらにも事実があります。
私は、過去の功績を否定しません。
しかし同時に、
過去に貢献したことと、現在の管理職として適切かどうかは別の問題
だと考えます。
いきなり退職か、現状維持かの二択にしない
今回の会社には、別の選択肢があります。
営業部長を外し、法人営業の専門職として顧客対応へ集中してもらう方法です。
これなら、
顧客との関係という強みを残しながら、
部下を持たせない。
若手育成を任せない。
顧客情報は会社へ共有してもらう。
という設計ができます。
もちろん本人が受け入れるとは限りません。
しかし、退職勧奨へ進む前に、
会社として「残ってもらうなら、この役割で、この条件を守ってほしい」という案を持っておく
ことには意味があります。
改善機会を曖昧にしたまま「変わらなかった」と言わない
今回、社長は何度か注意しています。
しかし、
「言い方に気を付けてくれ」
「若手へ顧客を引き継いでくれ」
という口頭注意だけです。
私は、これでは改善要求として弱いと考えます。
例えば、
- 部下への人格否定的な発言をしない
- 顧客情報をCRMへ期限内に登録する
- A社へ若手担当者を同行させる
- 1か月後、3か月後に改善状況を確認する
というように、行動レベルへ落とします。
「変わってほしい」ではなく、「何を変えてほしいか」を示す。
そこまでして初めて、改善したのか、難しかったのかを判断できます。
若手を守ることも先送りできない
だからといって、改善指導の間、若手社員に耐えてもらえばよいわけではありません。
今回、すでに複数の社員が退職し、異動希望者も出ています。
私は、調査や面談と並行して、
部下への直接指揮を一時的に外す
ことを検討します。
会社が、
「C部長について検討しているから、あと3か月我慢して」
と言っている間に若手が辞めれば、経営上の損失は大きいからです。
顧客を個人に付けたままにした会社側にも問題がある
今回、主要顧客は、
「Cさん中心で提案してほしい」
と言っています。
これはCさんの営業力です。
しかし同時に、会社の経営リスクでもあります。
一人の営業社員が辞めるだけで年間2億円以上の取引が揺れる。
これは、
Cさんだけの問題ではなく、会社が顧客関係を個人へ依存させてきた問題
です。
退職勧奨をするかどうかにかかわらず、顧客の複数担当化は進める必要があります。
退職条件は最後に考える
会社として、
改善継続。
役割変更。
管理職解除。
合意退職。
こうした選択肢を整理した結果、双方にとって退職が現実的ということもあります。
その段階で、
- 退職時期
- 一定の上乗せ金
- 有給休暇
- 顧客引継ぎ
- 社内外への説明
を話せばよいと思います。
私は、最初から、
「3か月分出すから辞めてください」
とは始めません。
お金を提示する前に、会社としてなぜこの話をしているのかを説明できる状態にする。
その方が結果的に話し合いもしやすくなります。
法律だけでは解決できない理由
退職勧奨と解雇の違い。
ハラスメント。
配置転換。
人事評価。
もちろん法律上の整理は重要です。
しかし、この問題で経営者が本当に決めなければならないのは、
「この人に、今後どんな役割なら任せられるのか」
です。
それがないまま、
辞めてもらう。
残しておく。
の二択にすると、感情的な判断になります。
実務上のチェックポイント
- 具体的なハラスメント申告内容
- 申告者・目撃者の証言
- これまでの注意・指導内容
- 面談記録の有無
- 人事評価の推移
- 売上低下の客観的原因
- 部下育成実績
- 退職者の退職理由
- CRM等への情報共有状況
- 主要顧客への依存状況
- 顧客引継ぎ可能性
- 管理職から外した場合の職務
- 役職変更に伴う処遇
- 改善目標と期限
- 若手社員の保護措置
- 退職を選択した場合の引継ぎ計画
私ならこう進めます
ハラスメント・営業上の問題を事実ごとに整理する
↓
若手社員への影響を止める
↓
本人へ求める改善内容を明確にする
↓
管理職継続・専門職化・合意退職の選択肢を整理する
↓
面談を行い、本人の考えも確認する
↓
改善するなら期限と目標を決める
↓
難しい場合に初めて退職条件を具体化する
↓
主要顧客を複数担当化する
↓
古参・若手双方へ説明できる組織対応にする
まとめ
私は、経営者が、
「この社員にはもう辞めてもらいたい」
と思ったときほど、すぐに退職勧奨へ進まない方がよいと考えます。
先に整理するのは、
何が問題なのか。
それは事実なのか。
改善を求めたのか。
別の役割はあるのか。
若手をどう守るのか。
顧客をどう引き継ぐのか。
です。
重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。
そして、退職勧奨で会社を守るということは、
相手を辞める気にさせることではありません。
会社として、この人をどう評価し、何を求め、どこまで一緒に働けるのかを説明できる状態をつくることです。
私は、それが最初の一手だと考えます。
※本記事は中小企業経営における一般的な考え方を整理したものであり、個別案件における退職勧奨、解雇、配置転換、懲戒、ハラスメントその他の法的判断を示すものではありません。実際の判断は、就業規則、事実関係、過去の指導、人事評価、本人との面談経緯その他の具体的事情によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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