社長が辞めたいとき、会社まで終わらせる必要はあるのか

2026.09.20

「もう会社を畳みたい」と思う経営者は珍しくありません

会社は赤字ではない。

借入も返していける。

顧客から仕事もある。

それでも社長が、

「もう疲れた」

「後継者もいない」

「自分の代できれいに終わらせたい」

と思うことがあります。

私は、こういうときに最初に確認したいことがあります。

社長が辞めたいことと、会社そのものをなくすことは、本当に同じなのか。

ここを分けないまま廃業を決めてしまうと、まだ残せた社員、技術、顧客、利益まで一緒に失う可能性があります。

相談事例

ある地方の金属加工会社を想定します。

創業38年。

社員は30人を超え、年商は約6億円。

会社は現在も黒字です。

しかし67歳の創業社長には後継者がいません。

長男は会社を継がない。

専務も61歳。

設備も古くなってきた。

採用も難しい。

社長自身も、長年の経営に疲れています。

そこで、

「黒字のうちに会社を閉めれば、社員にも迷惑をかけないのではないか」

と考えるようになりました。

ところが、製造部長からは、

「社長が辞めるのは仕方ない。でも会社までなくす必要がありますか」

と言われています。

過去には同業会社から事業への関心を示されたこともあります。

主要顧客からも今後の発注相談があります。

つまり、会社にはまだ事業価値があります。

この問題の本質

私は、この問題の本質は、

「廃業の手続きをどう進めるか」ではない

と考えます。

もっと前の段階です。

本当に廃業する必要があるのかを、まだ検証していない。

ここが問題です。

経営者が疲れている。

後継者がいない。

設備投資を続ける気力がない。

それは、経営者が交代すべき理由にはなります。

しかし、そのまま会社を消す理由になるとは限りません。

よくある失敗① 廃業日を先に決める

例えば、

「来年3月で会社を閉める」

と社長が先に決める。

すると、その後の判断がすべて廃業を前提に進みます。

設備投資を止める。

採用を止める。

大型案件を断る。

若手社員が先に辞める。

顧客が代替先を探し始める。

そして半年後には、

「もう会社を引き継げる状態ではありません」

となる。

これでは、

廃業を決めたから会社の価値がなくなったのか、本当に会社の価値がなかったのか分かりません。

よくある失敗② M&Aを「会社を売ること」とだけ考える

創業経営者ほど、会社を第三者へ譲ることに抵抗を感じることがあります。

「社員を売るみたいで嫌だ」

「知らない会社に渡したくない」

「金に換えて逃げるようで抵抗がある」

その感情は理解できます。

しかし私は、M&Aや事業承継を、単純に「会社を売る話」とは考えません。

例えば、

  • 社員の雇用を残す
  • 顧客への供給を続ける
  • 加工技術を残す
  • 地域の取引関係を残す
  • 会社名や工場を残す

ための手段になることもあります。

むしろ完全廃業すれば、社員も技術も顧客関係も一度切れてしまいます。

「売るか、売らないか」ではなく、「何を残したいか」から考える。

私はこの順番が大切だと思います。

従業員承継も、すぐ決めてはいけない

今回、製造部長は会社を続けることに関心を示しています。

では、その人を次の社長にすれば解決するのか。

私は、それもまだ早いと考えます。

優秀な製造部長と、会社全体を経営できる社長は同じではありません。

さらに、

  • 株式をどう取得するのか
  • 借入をどうするのか
  • 経営者保証をどうするのか
  • 人事責任を負えるのか
  • 営業や資金繰りまで担えるのか

を確認しなければなりません。

従業員承継は有力な選択肢ですが、期待だけで決めてはいけません。

廃業するなら「黒字だから安心」でもない

経営者から、

「現金もあるし、借金もそれほど多くない。今ならきれいに畳める」

という話が出ることがあります。

しかし廃業には、営業中には見えにくい支出があります。

例えば、

  • 従業員の退職金
  • 借入金返済
  • リース精算
  • 設備撤去
  • 工場の原状回復
  • 在庫処分
  • 取引契約の終了対応
  • 清算に伴う税負担

などです。

さらに古い工場では、過去の化学物質使用や土地の状態が問題になる場合もあります。

「現預金が8,000万円ある」

だけでは、きれいに廃業できるかどうかは判断できません。

会社の価値は、バラバラにすると下がることがある

工作機械。

職人。

顧客。

図面。

加工ノウハウ。

取引実績。

これらは一体になって動いているから価値があります。

廃業して設備だけ中古市場へ売れば、機械の値段にしかなりません。

しかし会社として引き継げれば、

設備だけでなく、顧客と人材と技術が組み合わさった事業価値

として評価される可能性があります。

だから私は、廃業前に、

「清算した場合の価値」

と、

「事業を続けた状態で引き継いだ場合の価値」

を比較します。

社員への説明は、早ければ早いほどよいわけではない

この問題では、社員への説明時期も難しいところです。

何も言わなければ、

「社長は会社を畳むのではないか」

という噂が広がります。

逆に、まだ比較もしていない段階で、

「来年3月で廃業します」

と発表すれば、人材流出や取引縮小が始まる可能性があります。

私は、秘密にし続けるのでも、すぐ全社員へ発表するのでもありません。

まず短期間で経営陣が選択肢を比較し、方向性が見えた段階で説明する。

この時間軸が重要だと考えます。

大型案件も「取るか断るか」の二択ではない

廃業を考えているときに大型案件の相談が来ると、判断が難しくなります。

設備投資を伴う案件を受ければ、借入や固定費が増える。

一方で断れば、会社の売上や事業価値を自分で下げる可能性があります。

私ならまず、

  • 最低発注量
  • 契約期間
  • 設備投資の回収期間
  • 承継後も取引を継続できるか
  • 設備投資を買い手側に引き継げるか

を確認します。

大切なのは、

「廃業するつもりだから断る」でも、「黒字だから受ける」でもないことです。

法律だけでは解決できない理由

会社を解散するには手続があります。

社員との雇用関係も整理しなければなりません。

借入、契約、保証、設備、土地なども確認が必要です。

しかし、法律上正しく会社を閉めることができても、

「本当は残せた会社だった」

のであれば、経営判断としては別の問題が残ります。

このケースで重要なのは、

「どう廃業するか」の前に、「廃業以外の道を本当に調べたか」

です。

実務上のチェックポイント

  • 社長が辞めたい本当の理由
  • 希望する引退時期
  • 会社の正常収益力
  • 清算した場合の手残り
  • 借入と経営者保証
  • 退職金総額
  • 設備の時価と更新必要額
  • 原状回復・撤去費用
  • 土地・環境に関する過去履歴
  • 主要顧客の継続意向
  • 大型案件の採算性
  • キーパーソンの年齢と退職意向
  • 従業員承継候補の意思
  • 第三者承継の可能性
  • 一部事業だけ残せないか
  • 何を残せれば社長が納得できるのか

私ならこう考えます


社長の引退意思を確認する

廃業すると決める前に会社の価値を把握する

清算価値と事業継続価値を比較する

従業員承継の可能性を確認する

第三者承継・事業譲渡の可能性を確認する

大型投資・長期契約は慎重に扱う

環境・保証・退職金など潜在債務を確認する

残せるものと残せないものを分ける

それでも成立しない場合に計画廃業を選ぶ

まとめ

私は、社長が、

「もう経営を辞めたい」

と思うこと自体は否定しません。

38年間経営を続けてきたのであれば、引退を考えるのは自然です。

しかし、

社長が引退することと、会社を消すことは同じではありません。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。

そして、この場面で守るべきなのは、会社という法人格だけではありません。

社員。

技術。

顧客。

取引先。

利益。

そして、まだ残っている選択肢です。

廃業は失敗ではありません。

十分に比較した結果、計画的に会社を終わらせることが最善の場合もあります。

ただし、私は、会社を閉じる決断をする前に一度だけ確認します。

「社長を辞めさせても、会社まで辞めさせる必要は本当にあるのか。」

それが、廃業を考えたときの最初の一手だと考えます。


※本記事は中小企業経営における一般的な考え方を整理したものであり、個別案件における会社解散、清算、事業承継、M&A、雇用終了、税務その他の法的・税務的判断を示すものではありません。実際の判断は、財務状況、株主構成、借入・保証、契約関係、従業員、資産、環境リスクその他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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