
退職役員が社員と顧客を連れて独立したとき、最初にすべきこと|引き抜き・顧客奪取への対応
2026.09.28
退職した役員が、社員と顧客を連れて競合会社を作ったら
中小企業では、営業を任せていた役員やNo.2が退職した後、競合会社を立ち上げることがあります。
それだけならまだしも、
- 営業社員が後を追って退職する
- 技術者まで引き抜かれる
- 主要顧客へ競合会社から営業が入る
- 過去の見積価格や顧客情報まで持ち出された疑いがある
となれば、経営者が怒るのは当然です。
「会社を裏切った」
「社員も顧客も盗まれた」
「すぐ訴えたい」
そう考えるでしょう。
しかし私は、この場面で最初に考えるべきことは、
「元役員をどう攻撃するか」ではない
と考えます。
先に守るべきものがあります。
証拠、主要顧客、中核人材です。
相談事例|営業担当役員が退任後、社員と顧客が流出
ある産業機械の保守会社を想定します。
年商は約10億円。
営業担当取締役Cさんは、実質的なNo.2として、主要顧客約30社と年間約6億円の売上を統括していました。
ところが社長との関係が悪化し、Cさんは退任。
その3か月後、会社から車で25分ほどの場所に競合会社を設立しました。
その後、営業社員2名が新会社へ転職。
さらにベテラン技術者も退職を検討。
主要顧客3社へ競合会社から見積りが入り、そのうち1社は年間約4,800万円の保守契約を切り替える意向を示します。
さらに社内調査では、Cさんが退任前に、顧客担当者一覧、過去の見積価格、保守履歴、契約更新時期などをダウンロードし、私用メールへ送っていた可能性まで浮上しました。
この問題の本質は「違法かどうか」だけではない
私は、この問題の本質は、
「元役員の行為が違法かどうか」だけではない
と考えます。
もちろん、退任前の競業準備、営業秘密の持ち出し、社員への勧誘、顧客情報の利用などは重要です。
しかし現実の会社では、その法的評価をしている間にも、
顧客は次の契約先を決めます。
社員は次の勤務先を決めます。
デジタルデータは消えたり上書きされたりします。
つまり、時間とともに失われるものがある。
だから私は、
証拠保全、顧客維持、人材維持を同時に進める
べきだと考えます。
最初に守るのは証拠
元役員が競合会社を作った。
社員が転職した。
顧客が移った。
それだけで、すべての行為が不当だったと決めることはできません。
見るべきなのは、
- 退任前から会社設立の準備をしていたのか
- 在任中に顧客へ独立後の営業をしていたのか
- 社員へ転職を働きかけていたのか
- どの情報を持ち出したのか
- その情報を新会社で利用したのか
です。
そこで最初に、メール、クラウドアクセス、ダウンロード履歴、私用メール転送、端末バックアップ、社員とのチャットなどを保存します。
私は、社長が怒って本人へ連絡する前に、この作業を優先します。
法的措置は証拠があって初めて強くなるからです。
顧客リストなら何でも守られるわけではない
よくある誤解が、
「会社の顧客リストを持ち出したのだから、当然にアウトだ」
という考え方です。
実務では、情報の内容と管理状況を確認する必要があります。
例えば、
- 顧客企業名
- 担当者の携帯番号
- 過去の見積価格
- 設備の更新時期
- 値引き可能額
- 保守履歴
では、それぞれ競争上の価値が違います。
さらに、会社がその情報をどのように管理していたかも重要です。
誰でも自由に持ち出せる。
私物PCでも自由に扱える。
退職時にデータ確認もしない。
そういう管理だったのであれば、会社側にも改善すべき点があります。
顧客には「裏切られた」と説明しない
主要顧客へ、
「Cは会社を裏切りました」
「法的措置を取ります」
と説明したくなるかもしれません。
私は、それを最初の顧客対応にはしません。
なぜなら、顧客が知りたいのは、社内紛争の勝敗ではないからです。
顧客が知りたいのは、
「これからも設備を止めずに守ってくれるのは誰か」
です。
今回の顧客は、
「Cさんは当社設備を一番分かっている」
と話しています。
これは非常に重要なサインです。
顧客との関係が、会社ではなくCさん個人に付いていた可能性があります。
私なら、社長、新しい営業責任者、技術責任者で顧客へ入り、
- 誰が新担当になるのか
- 誰がバックアップするのか
- 過去の保守履歴をどう引き継ぐのか
- 緊急時の対応体制
- 技術者が辞めても対応できる仕組み
を具体的に説明します。
顧客奪取への対策は値下げだけではない
競合会社が6%安い。
それならこちらは10%安くしよう。
これは分かりやすい対応です。
しかし私は、値下げだけで戦うことには慎重です。
顧客が競合会社へ移ろうとしている理由が、
「Cさんと技術者の方が現場を理解している」
だからです。
価格を下げても、顧客の不安は解消しません。
むしろ利益だけ下がり、社員待遇を改善できなくなれば、さらに人が辞める可能性があります。
顧客流出と人材流出は別問題ではなく、つながっています。
社員を「裏切り者」扱いすると、さらに辞める
社長が一番やってはいけないのは、社内を敵味方に分けることです。
「D社へ行く人間は裏切り者だ」
と言われれば、辞める気がなかった社員まで不安になります。
今後転職を考えただけで疑われる。
Cさんと仲が良かっただけで警戒される。
そんな職場では、人は会社に残りにくくなります。
私なら、退職を検討しているベテラン技術者に、
「辞めるのか」
と問い詰めるのではなく、
「なぜ辞めたいと思っているのか」
を確認します。
年収80万円の差なのか。
評価制度なのか。
Cさんへの信頼なのか。
将来の役職なのか。
会社への不満なのか。
ここを見なければ、仮に今回1人引き止めても、次の退職者が出ます。
よくある失敗① 競業禁止条項だけに頼る
会社規程に、
「退任後2年間、競合業務に従事してはならない」
と書いてある。
それだけで安心するのは危険です。
対象地域。
対象顧客。
対象業務。
期間。
退任者への制限の程度。
こうした事情も確認する必要があります。
私は、競業禁止条項だけで全面戦争をするより、
退任前の具体的行為、情報持ち出し、秘密保持、勧誘行為
を一つずつ整理します。
よくある失敗② 退職後の競争と、退職前の行為を混ぜる
ここは非常に重要です。
退職した後に競合会社を立ち上げたこと。
在任中に会社の立場を使って独立準備を進めたこと。
この2つは分けて見る必要があります。
例えば在任中に、
- 顧客へ独立後の契約を持ちかける
- 社員へ一斉転職を働きかける
- 競合会社のために顧客資料を集める
- 会社案件を新会社へ誘導する
ような行為があったのか。
ここが重要です。
「独立した」という結果だけでなく、「いつから何をしていたか」を見る。
私はそう考えます。
この問題はNo.2問題でもある
今回、Cさんは年間約6億円の営業を実質的に握っていました。
社内でも、
「売上はCさんが持っている」
と言われていました。
これはCさんだけの問題ではありません。
会社として、
顧客関係を一人の役員に集中させ過ぎていた
ということです。
営業力の高いNo.2がいる会社ほど、この問題が起こりやすい。
顧客との面談。
見積。
値決め。
契約更新。
現場情報。
これを一人が握っていると、その人が辞めた瞬間に会社の顧客基盤まで動きます。
私ならこう進めます
メール・クラウド・端末ログを保存する
↓
持ち出された情報を特定する
↓
退任前と退任後の行為を分ける
↓
主要顧客へ経営陣が直接入る
↓
保守・技術体制を具体的に示す
↓
重要社員と個別面談する
↓
社員への「裏切り」発言を止める
↓
勧誘・情報利用を具体的に評価する
↓
必要な行為だけ警告・差止め等を検討する
↓
顧客と技術情報の属人化を解消する
実務上のチェックポイント
- 元役員の退任日
- 競合会社の設立準備開始時期
- 会社設立日
- 競業避止規程
- 秘密保持契約
- 退任時誓約書
- 顧客データのアクセス権限
- 大量ダウンロード履歴
- 私用メールへの転送履歴
- USB等の利用履歴
- 退任前の顧客接触
- 社員への勧誘時期
- 転職した社員の人数
- 退職検討者への提示条件
- 主要顧客の契約更新時期
- 主要顧客が競合会社を選ぶ理由
- 顧客との関係が個人に依存していないか
- 技術情報が文書化されているか
- 個人情報持ち出しの有無
- 重要顧客を複数担当制にできるか
なぜ法律だけでは解決できないのか
この問題には、競業避止義務、営業秘密、秘密保持、情報持ち出し、損害賠償、差止めなど多くの法律論があります。
しかし、法律上請求できるとしても、それだけで顧客は戻りません。
技術者も戻りません。
むしろ、訴訟に勝った頃には顧客関係が競合会社へ移っている可能性もあります。
法律上は問題があるとしても、経営判断としては、
今週失うかもしれない顧客と社員をどう守るか
も同時に考えなければなりません。
まとめ|元役員を止めるより先に、会社から流出しているものを止める
私は、退職役員が競合会社を作り、社員の引き抜きや顧客奪取が起きたとき、最初から全面訴訟には進みません。
まず確認します。
何を持ち出したのか。
いつから競業準備をしていたのか。
誰をどのように勧誘したのか。
主要顧客はなぜ競合会社を選ぼうとしているのか。
残っている社員はなぜ不安になっているのか。
重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。
元役員を攻撃することと、会社を守ることは同じではありません。
そして最初に守るべきなのは、
証拠、顧客、人材。
私は、それが退職役員による引き抜き・顧客奪取への最初の対応だと考えます。
※本記事は、退職役員による競業、従業員の引き抜き、顧客奪取、営業秘密、顧客情報の持ち出し等について、一般的な経営上の考え方を整理したものです。個別案件における競業避止義務、営業秘密該当性、差止め、損害賠償その他の法的判断を示すものではありません。実際の判断は、契約内容、在任中・退任後の行為、情報管理状況、勧誘方法その他の具体的事情によって異なります。
丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。
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