テナントの家賃が未払いになったとき、最初にすべきこと|保証金・原状回復・契約解除をどう考えるか

2026.09.29

家賃を払わないテナントは、すぐ退去させるべきなのか

事業用テナントの家賃滞納が続くと、貸主としては当然こう考えます。

「もう待てない」

「契約を解除して退去してもらいたい」

「保証金もあるのだから、そこから回収すればいい」

しかし私は、テナント賃料の債権回収では、「解除できるか」だけで判断しない方がよいと考えます。

なぜなら、退去させることで新たに、

  • 原状回復費
  • 空室期間
  • 新テナント募集費
  • 賃料収入の減少

が発生する可能性があるからです。

重要なのは、未払い賃料の額ではありません。

最終的にいくら回収し、いくら会社に残せるかです。

相談事例|未払い賃料が2,240万円まで増加

ある不動産会社を想定します。

飲食会社B社へ商業ビルの3区画を賃貸しています。

B社は8店舗を展開していますが、業績悪化により家賃の支払遅延が始まりました。

最初は数百万円だった未払いが徐々に増え、最終的には約2,240万円まで膨らみます。

B社は、

「売上が戻れば払う」

「設備トラブルによる損害もある」

「保証金1,200万円も預けている」

として、営業継続を希望しています。

一方、貸主側は、

「これ以上待てない。全部解除したい」

という状況です。

この問題の本質は「2,240万円を回収できるか」ではない

私は、この問題の本質は、単純な賃料回収ではないと考えます。

このケースには、

  • 未払い賃料2,240万円
  • 保証金1,200万円
  • 設備不良による損害主張650万円
  • 原状回復費2,000万~2,800万円
  • 居抜き譲渡による700万円の回収可能性
  • 新テナントからの保証金600万円
  • 空室期間6~9か月の可能性

があります。

この状況で、

「2,240万円払わないなら全部解除」

とだけ考えると、別の損失を作る可能性があります。

まず未払い賃料を分解する

私なら、2,240万円を一つの数字として見ません。

まず、

  • 争いのない賃料・共益費
  • 設備トラブルと関係している部分
  • 相殺を主張されている部分

に分けます。

特にB社は、空調・漏水トラブルによって約650万円の損害が出たと主張しています。

ここで、

「設備不良なんて関係ない。家賃は全部払え」

とするのも危険です。

反対に、

「こちらにも責任があるから650万円全部認めよう」

というのも早い。

空調と漏水を分け、営業停止時間、廃棄食材、人件費、原因、責任割合を一つずつ確認する必要があります。

保証金1,200万円をすぐ使えばいい、ではない

B社は、

「保証金1,200万円があるのだから、実質的な未払いは少ない」

と主張しています。

しかし私は、この考え方には慎重です。

保証金は、未払い賃料だけのために存在しているとは限りません。

退去時には、

  • 原状回復費
  • 明渡しまでの賃料
  • その他の契約上の債務

が発生する可能性があります。

今回、全面退去時の原状回復費は2,000万~2,800万円程度と見込まれています。

つまり、保証金1,200万円を今すべて賃料へ使えば、退去時に担保がなくなる可能性があります。

保証金は「余っているお金」ではありません。

毎月支払いがあっても、債権が増えているなら意味がない

B社は以前、

「毎月200万円ずつ払う」

と提案していました。

一見すると返済しているように見えます。

しかし3店舗の月額賃料・共益費は合計約430万円。

つまり、

200万円払っても、新しく430万円発生する。

毎月約230万円ずつ未払いが増える構造です。

私は、返済計画を見るとき、

「毎月いくら払うか」

ではなく、

「支払った後に債権残高が本当に減るのか」

を確認します。

黒字店舗と赤字店舗は分けて考える

今回の3店舗は状況が違います。

店舗①は黒字。

店舗②はほぼ損益均衡。

店舗③は月約90万円の赤字。

ここで、B社という法人単位だけで、

「全部残す」

「全部解除する」

と判断する必要はありません。

店舗①がB社全体の返済原資になっているのであれば、当月家賃を正常化できることを条件に残す合理性があります。

一方、店舗③を赤字のまま続ければ、B社の返済能力をさらに削ります。

テナント債権回収でも、店舗単位で考えることが重要です。

居抜き譲渡は「退去」ではなく回収手段になり得る

店舗③について、別の飲食会社D社が居抜きでの入居を希望しています。

B社は、店舗③をD社へ譲渡し、譲渡代金700万円を未払い賃料に充てたいと提案しています。

D社も、新規保証金600万円を入れる意向です。

私は、この提案は検討価値があると考えます。

なぜなら、うまく設計すれば、

  • 700万円の債権回収
  • 赤字店舗の切離し
  • 空室回避
  • 新保証金600万円

を同時に実現できる可能性があるからです。

ただし、譲渡代金、原状回復、造作・厨房設備、新しい賃貸借契約、保証金の扱いを一つのパッケージで整理する必要があります。

よくある失敗① 怒って3店舗全部解除する

長期間家賃を払ってもらえなければ、貸主が怒るのは当然です。

しかし、経営判断は感情とは分ける必要があります。

3店舗をすべて退去させれば、年間4,000万円を超える賃料収入が一時的に消える可能性があります。

さらに、

原状回復。

空室。

募集費。

新テナントへの工事。

といった新しいコストが発生します。

法律上解除を検討できることと、経営上3店舗すべてを一度に解除することが最善かは別です。

よくある失敗② 空室が怖くて何年も待つ

逆も危険です。

「空室になるよりは家賃を少しでも払ってもらった方がいい」

と考えているうちに、未払いが増え続ける。

これもよくあります。

私は、営業継続を認めるなら条件を付けます。

例えば、

  • 当月賃料は全額期限どおり払う
  • 過去債務は毎月別途返済する
  • 財務状況を定期的に報告する
  • 再度当月賃料を延滞した場合の扱いを決める

です。

待つなら「債権が減る待ち方」にしなければ意味がありません。

勝手に鍵を変えるのは避ける

家賃が払われないと、

「店を使わせなければいい」

と考えたくなるかもしれません。

しかし、営業中の店舗について貸主が独自に鍵を交換するような対応は、新しい紛争を生む可能性があります。

契約を解除し、明渡しが必要なら、正式な手続を前提に進めます。

この問題は、感情的に動くと損失が拡大します。

私ならこう整理します


未払い2,240万円を店舗別・月別に分解する
↓
設備不良による650万円の主張を分解する
↓
保証金を今使う場合と残す場合を比較する
↓
店舗①・②・③の採算を確認する
↓
店舗③のD社への居抜き譲渡条件を固める
↓
店舗①・②の当月賃料を正常化する
↓
過去債務を毎月確実に減らす
↓
再び滞納した店舗だけ解除・明渡しを検討する

実務上のチェックポイント

  • 未払い賃料の店舗別内訳
  • 月別の滞納状況
  • 保証金の金額と充当条件
  • 原状回復条項
  • 店舗別の原状回復見積
  • 空調不具合の期間
  • 漏水事故の原因
  • 650万円の損害内訳
  • 店舗①の営業利益
  • 店舗②の収支
  • 店舗③の赤字額
  • B社の返済原資
  • 税金や仕入先への未払い
  • D社への譲渡価格
  • 700万円の支払方法
  • D社の信用力
  • 新保証金600万円の確実性
  • 造作・厨房設備の所有関係
  • 全店舗退去時の空室期間
  • 新規テナント募集条件

なぜ法律だけでは解決できないのか

賃料未払いでは、契約解除、相殺、保証金、明渡しなど法律上の論点が重要です。

しかし、法律上解除できるからといって、すべての店舗を追い出すことが会社にとって最善とは限りません。

逆に、空室を恐れて待ち続けることも経営判断として危険です。

法律上は請求できる。

しかし回収できない。

解除できる。

しかし解除すると空室損失の方が大きい。

こうしたことは現実に起こります。

だから私は、

「いくら請求できるか」ではなく、「最後にいくら残せるか」

で考えます。

まとめ|家賃滞納では「全部追い出す・全部待つ」の二択にしない

テナント賃料が2,000万円を超えて滞納していれば、契約解除を考えるのは自然です。

しかし私は、最初に、

争いのない家賃はいくらか。

設備問題はいくらか。

保証金をどこに残すべきか。

どの店舗が返済原資なのか。

居抜きで新しいテナントへ切り替えられないか。

全面退去した場合にいくら損失が出るのか。

を確認します。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。

2,240万円を取りに行くのではなく、この3店舗から最終的にいくら回収できるかで判断する。

私は、それがテナント賃料未払いの債権回収で最初に考えるべきことだと思います。


※本記事は、事業用テナントの賃料未払い、保証金、設備不具合、相殺、原状回復、契約解除、明渡し、居抜き譲渡等について、一般的な経営上の考え方を整理したものです。個別案件における法的判断を示すものではありません。実際の対応は、賃貸借契約の内容、滞納期間、設備不良の原因、保証内容、店舗別収益、原状回復義務その他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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