取引先が新会社へ事業を移したとき、売掛金はどう回収するか|旧会社に債務を残された場合の考え方

2026.09.25

「新会社では取引を続けたい。旧会社の未払いは待ってほしい」と言われたら

取引先から、こんな提案をされることがあります。

「今の会社は資金繰りが厳しい」

「優良事業だけ新会社へ移して再スタートする」

「新会社との取引は続けてほしい」

「旧会社の売掛金は少しずつ返す」

長年の取引先であれば、経営者としては迷います。

今ここで強く回収すれば、本当に旧会社が倒れるかもしれない。

新会社との取引まで失えば、将来の売上もなくなる。

だから、

「新会社で仕事を続けてもらい、そこから少しずつ返してもらえばいい」

と考えたくなります。

しかし私は、ここで一度止まります。

旧会社の未払いを回収するために、新会社へさらに信用を貸すのは危険だからです。

相談事例|旧会社に3,600万円の売掛金、新会社から5,500万円の新規発注

ある店舗什器メーカーを想定します。

年商約9億8,000万円。

17年間取引してきた大口取引先B社に対し、約3,600万円の売掛金・工事代金が未回収になりました。

支払遅延が続く中、B社の社長から、

「事業を整理して新会社D社へ移す」

と説明されます。

実際に調べてみると、

  • B社の元営業部長がD社へ移籍
  • 施工部長もD社へ移籍
  • B社時代の顧客がD社へ移っている
  • 車両や電話番号の一部もD社で使われている
  • 新規案件はD社から発注される

という状態です。

その一方で、B社の3,600万円は残ったまま。

さらにD社から、約5,500万円の新規案件を後払いで受注してほしいと言われました。

この問題の本質は「新会社と取引するか」ではない

私は、この問題の本質は、

「D社の5,500万円案件を取るか断るか」ではない

と考えます。

もっと先に確認すべきことがあります。

それは、

B社の3,600万円は、これから何を原資に返済されるのか。

です。

B社の人も顧客も仕事も新会社へ移っている。

それなのに、

「旧会社が毎月100万円ずつ返します」

と言われても、返済原資がなければ意味がありません。

「毎月100万円払います」で安心してはいけない

3,600万円を毎月100万円ずつ返せば、単純計算で約3年です。

問題は3年という期間ではありません。

問題は、

3年間、B社に100万円を生み出す事業や資産が残っているのか

です。

私は、返済額より先に、

  • B社の現在の売上
  • 現在の顧客
  • 保有資産
  • 預金
  • 売掛金
  • 金融機関借入
  • 他の未払先

を確認します。

「返す意思がある」と「返せる」は別です。

新会社は別法人だから、旧会社の借金とは無関係なのか

ここもよく誤解されます。

確かに、B社とD社が別法人であれば、D社が当然にB社の3,600万円を払わなければならないとは限りません。

人が同じ。

顧客が同じ。

仕事が同じ。

それだけで自動的に債務が移るわけではありません。

しかし、だからといって、

「別会社だから何も調べる必要はない」

でもありません。

重要なのは、

B社からD社へ、何が、いつ、いくらで移ったのか

です。

資産と事業だけ新会社へ移っていないか

例えば、B社が設備や車両をD社へ適正な価格で売却し、その代金がB社へ入っている。

その代金が債権者への返済原資になっている。

こうした事業再編なら、まだ話は分かります。

一方で、

収益を生む顧客。

従業員。

設備。

契約。

これらだけが新会社へ移り、旧会社には債務しか残っていない。

もしそうであれば、債権回収の見方は大きく変わります。

私はまず、

  • 事業譲渡契約の有無
  • 譲渡価格
  • 資産の移転価格
  • 売却代金の入金先
  • 顧客契約の移転方法
  • 従業員の移籍時期

を時系列で整理します。

よくある失敗① 旧会社の未払いを、新会社の仕事で取り返そうとする

今回、D社から5,500万円の新規案件が来ています。

営業部からすれば魅力的です。

利益率も高い。

断れば競合へ流れる。

しかもB社社長からは、

「新会社との仕事を続けてくれれば、旧会社も返済できる」

と言われています。

私は、このロジックに慎重になります。

旧会社の未払いを回収するために、新会社へまた後払いで5,500万円を信用供与する。

これでは、債権回収ではなく、さらに大きな与信をしている可能性があります。

売上5,500万円より「先に出ていく現金」を見る

大口案件では、売上金額ばかり見てしまいます。

しかし重要なのは、

「A社が先にいくら払うのか」

です。

例えば、材料費、外注費、加工費、施工費で2,500万円を先行負担するなら、

D社が払わなかった場合、A社はさらに2,500万円以上の資金を失う可能性があります。

すでに3,600万円未回収。

そこへ新たな大口与信。

これは、年間利益が4,000万円程度の会社にとって非常に大きなリスクです。

新会社との取引を続けるなら、条件を変える

私は、D社との取引自体を必ず断るべきだとは考えません。

事業として利益があり、D社にも支払能力があるなら、取引継続は選択肢です。

ただし、これまでと同じ後払い条件では受けません。

例えば、

  • 全額または一定割合の前金
  • 出来高ごとの支払い
  • 材料発注前の入金
  • 第三者保証
  • 旧会社債務の一部を新会社にも負担してもらう
  • 三者間で支払方法を明確にする

などを検討します。

新会社と取引するかどうかではなく、どこまで信用を与えるかを決める。

ここが重要です。

三者間で返済の仕組みを作る方法もある

例えば、D社との新規取引をする場合、

D社から支払われる新規案件の代金の一部を、B社の旧債務返済へ充てるような合意も考えられます。

あるいは、D社にも旧債務の一定額について責任を持ってもらう。

こうすれば、

「B社は払うと言っている」

という口約束より、回収可能性は上がります。

ただし、こうした合意ができたとしても、私は過去の資産移転調査までやめません。

回収の仕組みを作ることと、これまで何が起きたのかを確認することは別だからです。

よくある失敗② 相手の社長の人柄で与信を判断する

今回、A社長はC社長と17年間付き合っています。

「あの人は逃げるような人ではない」

と思っています。

私は、その評価を否定しません。

しかし、債権回収で見るべきなのは、

「返す人か」

だけではありません。

返せる会社か。

です。

本人に返す意思があっても、旧会社に現金も顧客も資産も残っていなければ、3,600万円は返せません。

人への信用と、会社への与信は分けて考える必要があります。

法的措置を取ると倒産する、と言われたら

債権回収を始めると、

「今強く回収されたら会社が倒れる」

「倒れたらあなたも回収できない」

と言われることがあります。

確かに、強硬な回収が回収率を下げるケースはあります。

だから私は、いきなり全面訴訟へ進めとは考えません。

しかし、

「倒れると言われたから、資産の移転も調べず3年間待つ」

のも危険です。

重要なのは、相手を倒すか助けるかではなく、今ある回収原資が消えないかを確認することです。

この問題は、B社だけの問題ではない

今回、3,600万円が積み上がった背景には、A社側の判断もあります。

支払遅延が始まった。

それでも新規案件を受注した。

500万円入ったので安心した。

さらに3,000万円の仕事を受けた。

つまり、

「困っている取引先を助ける」

という判断を繰り返した結果、A社自身が大きな信用を与えています。

私は、これを機に、

支払遅延先やその関連会社に対する新規与信ルール

を作る必要があると考えます。

私ならこう進めます


D社への通常後払い与信を止める
↓
B社の3,600万円を確定する
↓
B社の資産・売上・返済原資を確認する
↓
B社からD社へ移ったものを一覧化する
↓
移転時期・価格・代金の流れを確認する
↓
回収原資が減っているなら保全を検討する
↓
分割なら担保・保証・支払条件を付ける
↓
D社との新規取引は前金・出来高払い等に変更する
↓
必要なら三者間で旧債務返済の仕組みを作る
↓
今後の与信管理ルールを見直す

実務上のチェックポイント

  • 旧会社の未払い債権総額
  • 各請求の支払期限
  • 債務を認めている書面
  • 旧会社の決算・月次試算表
  • 資金繰り表
  • 現在の主要顧客
  • 保有資産
  • 預金・売掛金
  • 金融機関借入
  • 新会社の設立時期
  • 新旧会社の役員関係
  • 移籍した従業員
  • 移転した顧客
  • 車両・設備の移転
  • 事業譲渡契約の有無
  • 資産の譲渡価格
  • 譲渡代金の入金先
  • 新会社案件の前金可能性
  • 旧債務の引受可能性
  • 自社の今後3か月の資金繰り

なぜ法律だけでは解決できないのか

新旧会社間の資産移転では、事業譲渡、債務引受、詐害行為、仮差押えなど法的論点は重要です。

しかし経営判断としては、それだけでは足りません。

法的に請求できるとしても、相手に財産がなければ回収できません。

一方で、取引関係だけを重視して新会社へ追加与信すれば、自社の損失がさらに広がります。

重要なのは、

「誰に請求できるか」だけではなく、「どこに回収できる財産があるか」「これ以上いくら信用を出してよいか」を見ることです。

まとめ|取引先が新会社へ事業を移したときに最初に見るもの

私は、取引先から、

「旧会社は苦しい」

「新会社では仕事を続けたい」

「昔の売掛金は毎月返す」

と言われたとき、すぐ新会社との取引を始めません。

まず確認します。

旧会社には何が残っているのか。

返済原資は何か。

新会社へ何が移ったのか。

いくらで移ったのか。

その代金は旧会社へ入っているのか。

新会社と取引するなら、前払いにできるのか。

重要なのは、誰が正しいかではなく、会社を守れるかです。

旧会社の未払いを回収するために、新会社へまた信用を貸さない。

私は、それがこの債権回収で最初に守るべき判断だと考えます。


※本記事は、売掛金未回収、事業譲渡、新旧会社間の資産移転、債権回収に関する一般的な経営上の考え方を整理したものです。個別案件における事業譲渡、債務引受、詐害行為取消し、仮差押えその他の法的判断を示すものではありません。実際の判断は、契約内容、資産移転の方法、対価、当事者の認識、債務者の資産状況その他の具体的事情によって異なります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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