利用者家族の過剰要求で職員が壊れそうなとき、最初に守るべきもの

2026.06.15

導入

介護事業では、利用者本人だけでなく、家族との関係もとても大切です。

家族が不安を抱えていることもあります。

介護の負担で、精神的に追い詰められていることもあります。

だから事業所としては、できるだけ寄り添いたい。

その気持ちは、とても自然です。

ただ、ここで一つ気をつけなければならないことがあります。

利用者家族に寄り添うことと、職員に無理をさせ続けることは違う、ということです。

契約外の依頼。

強い口調での要求。

ヘルパー個人の携帯への連絡。

「前の事業所はやってくれた」という圧力。

「何かあったらあなたの責任です」という言葉。

これらを「介護だから仕方ない」で済ませてしまうと、現場の職員は壊れてしまいます。

私は、この問題の本質は、利用者家族への対応ミスだけではなく、会社が職員を守るための線引きを曖昧にしていたことだと考えます。

相談事例

ある訪問介護事業所での話です。

社長は、利用者や家族との関係をとても大切にする人でした。

社長:
「介護は信頼関係が大事です。多少のことは、こちらが我慢しないといけない場面もありますよね」

そんな中、地域包括支援センターから、要介護3の男性利用者Aさんを紹介されました。

Aさんには認知症の症状があり、日によって感情の波がありました。

主な連絡窓口は、同居していない長男の妻でした。

最初の契約内容は、週5回の生活援助と、週3回の身体介護です。

ところが、利用開始からしばらくすると、長男の妻からの依頼が少しずつ増えていきました。

長男の妻:
「すみません、庭の掃除も少しお願いできますよね?」

ヘルパー:
「庭掃除は、今回のサービス内容には入っていないと思うのですが……」

長男の妻:
「前の事業所はやってくれましたよ。そんなに時間はかからないですから」

別の日には、こんな依頼もありました。

長男の妻:
「ペットの世話も少しだけお願いできますか?」

ヘルパー:
「ペットのお世話は、介護サービスの範囲外になる可能性があります」

長男の妻:
「父がかわいがっている犬なんです。父のためでもあるんですけど」

さらに、家族分の食事準備や、急な通院同行、夜間の電話相談まで求められるようになりました。

長男の妻:
「夜に不安になることがあるので、ヘルパーさんの携帯に直接電話してもいいですよね?」

若手ヘルパー:
「すみません。連絡は事業所を通していただくことになっています」

長男の妻:
「緊急のときに、そんな悠長なことを言っていられますか?」

主任ヘルパーは、最初は現場で何とか対応していました。

主任ヘルパー:
「利用者さんのためだから、できる範囲では対応します。ただ、ちょっと要求が増えてきています」

管理者も、はっきり断り切れませんでした。

管理者:
「地域包括からの紹介案件だから、あまり強くは言いにくいのよ。できる範囲でお願い」

しかし、要求はさらに強くなっていきました。

ある日、若手ヘルパーが訪問した際、長男の妻から強い口調で詰め寄られました。

長男の妻:
「あなた、介護の資格を持っているんですよね?」

若手ヘルパー:
「はい。ただ、できることとできないことがありまして……」

長男の妻:
「こんなこともできないなら、事業所を変えます」

若手ヘルパー:
「申し訳ありません。ただ、契約の範囲を確認させてください」

長男の妻:
「うちの親に何かあったら、あなたの責任ですからね」

その若手ヘルパーは、その日から出勤できなくなりました。

メンタル不調で休職することになったのです。

主任ヘルパーは、管理者に強く訴えました。

主任ヘルパー:
「もう限界です。あの家には一人で行かせられません」

管理者:
「気持ちはわかるけど、Aさん本人には支援が必要なのよ」

主任ヘルパー:
「それはわかっています。でも、職員が壊れます」

それでも管理者は悩んでいました。

管理者:
「地域包括からの紹介案件だから、簡単には切れないのよ」

主任ヘルパー:
「でも、現場はもう限界です」

管理者:
「家族も介護で追い詰められているのかもしれないし……。ここで断ったら、うちの評判が悪くなるかもしれない」

その後、主任ヘルパーがAさん宅を訪問したとき、また契約外の対応を求められました。

長男の妻:
「今日も少し庭を見ておいてください。あと、家族の食事も少し準備してもらえますか?」

主任ヘルパー:
「それは契約外です」

長男の妻:
「またそれですか。介護の仕事なのに、冷たいですね」

主任ヘルパー:
「職員を何だと思っているんですか」

長男の妻:
「何ですか、その言い方は」

主任ヘルパー:
「これ以上続くなら、うちでは対応できません」

実は、この会話の一部を長男の妻が録音していました。

翌日、地域の口コミサイトに投稿が出ました。

「高齢の親を人質に取るような言い方をされた」

「介護事業所なのに冷たい」

「責任者が謝罪しない」

さらに、地域包括支援センターにも苦情が入りました。

地域包括担当者:
「事業所として、もう少し家族支援の視点を持てなかったのでしょうか」

社長:
「申し訳ありません。こちらでも事実確認をします」

地域包括担当者:
「ただ、家族側の要求が過剰だった可能性もあるとは思っています。そこも含めて確認したいです」

社内では、職員の不満が一気に噴き出しました。

若手ヘルパー:
「会社は利用者家族ばかり守るんですか?」

別のヘルパー:
「主任が言ってくれなかったら、誰も現場を守ってくれなかったと思います」

登録ヘルパー:
「次に同じことがあったら、私は辞めます」

一方で、ケアマネージャーの一部は別の見方をしていました。

ケアマネージャー:
「主任の言い方は、やはりまずかったと思います」

別のケアマネージャー:
「利用者家族との関係が壊れると、紹介が減ります」

ケアマネージャー:
「感情的に対応すると、事業所全体の信用問題になります」

社長は悩みました。

社長:
「謝るべきなのか。契約を解除すべきなのか。口コミに反論すべきなのか。主任を担当から外すべきなのか……」

しかし、問題はそこまで単純ではありませんでした。

この問題の本質

私は、この問題の本質は「主任ヘルパーの言い方が悪かったかどうか」だけではないと考えます。

もちろん、利用者家族に対して感情的な言い方をすれば、事業所の信用問題になります。

しかし、そこだけを切り取ると判断を誤ります。

その前に、契約外要求が繰り返されていました。

個人携帯への連絡もありました。

若手ヘルパーはメンタル不調で休職していました。

主任ヘルパーは限界を訴えていました。

管理者はクレームを一人で抱え込んでいました。

会社として、対応窓口やルールを作っていませんでした。

つまり、問題は「主任が感情的になったこと」ではありません。

職員を守る仕組みがないまま、現場に我慢を求め続けたことです。

よくある失敗

この場面でよくある失敗は、まず利用者家族に謝ってしまうことです。

社長:
「職員の言い方が悪かったです。教育を徹底します。ご不快な思いをさせて申し訳ありません」

短期的には、家族や紹介元への印象は和らぐかもしれません。

しかし、現場職員から見ると、こう映ります。

職員:
「やっぱり会社は利用者家族ばかり守るんだ」

職員:
「職員が休職しても、最後は現場が悪者になるんだ」

これでは、職員の離職が進みます。

もう一つの失敗は、すぐに契約解除を決めることです。

社長:
「もうこの家族には対応できない。契約を解除しよう」

職員を守る姿勢を示す意味では理解できます。

しかし、介護サービスでは、利用者本人の生活支援や引継ぎも考える必要があります。

地域包括支援センターからも、「調整努力をせずに切った」と見られる可能性があります。

さらに、口コミ投稿に対して、すぐ削除請求や法的措置を前面に出すのも危険です。

社長:
「事実と違う。すぐ削除請求しよう」

もちろん、明らかに事実と違う投稿には対応が必要です。

ただ、投稿内容に一部でも事実が含まれている場合、「反省していない事業所」と見られるおそれがあります。

私ならどう考えるか

私なら、まず職員の安全確保を優先します。

Aさん宅への単独訪問は、一時停止します。

そのうえで、事実を整理します。

社長:
「まず、誰が悪いかを決める前に、何が起きていたのかを整理しましょう」

確認すべきことは、たくさんあります。

契約外要求は何があったのか。

誰が、いつ、どこまで対応したのか。

長男の妻の発言内容はどうだったのか。

若手ヘルパーが休職に至った経緯は何か。

主任ヘルパーの発言は、どのような流れで出たのか。

録音されているのは、会話のどの部分か。

地域包括には、何を説明すべきか。

この整理をしないまま謝罪や契約解除に動くと、対応がぶれます。

同時に、家族対応の窓口を一本化します。

社長:
「今後、ヘルパー個人の携帯への連絡は受けない形にしましょう。連絡は必ず事業所窓口に一本化します」

現場職員が、その場で契約外対応を判断しない。

管理者が一人で抱え込まない。

社長または責任者が状況を把握する。

この体制に切り替える必要があります。

最善策

私が最初に優先すべきだと考えるのは、次の対応です。

まず職員の安全確保と事実確認を優先し、Aさん宅への単独訪問を一時停止する。

録音内容、要求内容、契約範囲、休職者の状況、地域包括への説明方針を整理する。

そして、家族対応窓口を一本化する。

これが最も現実的です。

家族を責めることが目的ではありません。

職員を守りながら、利用者本人へのサービスをどう安全に続けるかを考える必要があります。

継続できるなら、契約範囲、連絡方法、禁止行為を明確にしたうえで再調整します。

継続が難しいなら、地域包括やケアマネージャーと連携し、引継ぎや終了手続を整理します。

大切なのは、感情で切ることでも、我慢して続けることでもありません。

安全にサービス提供できる条件を整えることです。

なぜ法律だけでは解決できないのか

法律上は、安全配慮義務、ハラスメント対応、介護サービス契約、運営基準、口コミ対応などが問題になります。

しかし、法律だけを見ても、この問題は解決しません。

職員を守る必要があります。

利用者本人の生活も守る必要があります。

家族の介護負担にも配慮が必要です。

地域包括との関係も重要です。

口コミによる評判悪化も無視できません。

管理者の抱え込みも改善しなければなりません。

この複数の視点を同時に見なければなりません。

社長:
「家族が悪い、職員が悪い、主任の言い方が悪い。そうやって誰か一人の責任にしても、また同じことが起きますよね」

重要なのは、誰が正しいかではありません。

事業所として、安全にサービスを提供できるかです。

実務上のチェックポイント

1. 契約内容とサービス計画

まず、契約上どこまでがサービス範囲なのかを確認します。

庭掃除、ペットの世話、家族分の食事準備は含まれているのか。

ケアプランとの整合性はあるのか。

ここを曖昧にしたままでは、現場も家族も混乱します。

2. 契約外要求の記録

いつ、誰が、何を求められたのか。

それに対して、誰がどう対応したのか。

事業所として許容していたのか、現場判断だったのか。

ここを時系列で整理します。

3. 職員の被害状況

休職者はどういう経緯で休職したのか。

他の職員にも不調や退職意向が出ていないか。

単独訪問を続けられる状態なのか。

職員の安全を確認することが先です。

4. 地域包括への説明方針

地域包括には、家族側を一方的に非難する説明は避けるべきです。

伝えるべきなのは、こういう内容です。

「安全にサービスを継続するため、契約範囲と連絡方法の再調整が必要だと考えています」

この言い方であれば、利用者本人を見捨てる話ではなく、サービス継続のための整理として伝えられます。

5. 管理者の抱え込み

クレームを管理者が一人で抱え込むと、社長への報告が遅れます。

問題が表面化したときには、すでに口コミや休職に発展していることもあります。

クレーム対応は、個人対応ではなく組織対応に変える必要があります。

まとめ

介護事業では、利用者や家族との関係を大切にすることは重要です。

しかし、それは職員に無制限の我慢を求めることではありません。

私は、このケースで最初にやるべきことは、謝罪でも、契約解除でも、口コミへの反論でもないと考えます。

最初にやるべきことは、職員の安全を確保し、事実を整理し、家族対応の窓口を一本化することです。

短期的には、単独訪問を止め、契約外要求と暴言の記録を整理する。

中期的には、地域包括やケアマネージャーと連携して、サービス範囲と連絡方法を再確認する。

長期的には、カスタマーハラスメント対応方針、契約書、重要事項説明書、職員相談窓口を整える。

この順番で考える必要があります。

職員が壊れれば、介護サービスは続きません。

利用者家族との関係も大切です。

紹介元との関係も大切です。

地域の評判も大切です。

しかし、現場を守れない事業所は、結果として利用者も守れません。

重要なのは、誰かを責めることではありません。

安全にサービスを提供できる条件を整えることです。

私は、それがこの場面での最善の経営判断だと考えます。

免責文

本記事は、中小企業の経営判断を考えるための一般的なケーススタディです。

実際の事案では、契約内容、サービス計画、利用者本人の状態、家族関係、記録内容、地域包括支援センターとの関係、職員の被害状況などによって判断が異なります。

個別案件では、事実関係を丁寧に確認したうえで対応方針を検討する必要があります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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