古参幹部の不正疑惑が出たとき、最初にやるべきこと

2026.06.18

導入

中小企業では、古参幹部が会社の現場を支えていることがよくあります。

社長にとっては、単なる社員ではなく「戦友」のような存在です。

だからこそ、その古参幹部に不正疑惑が出たとき、経営判断は非常に難しくなります。

疑えば現場が壊れる。

放置すれば若手が離れる。

問い詰めれば証拠が消える。

でも、何もしなければ会社のお金が流出し続けるかもしれない。

私は、この問題の本質は「工事部長が悪いかどうか」だけではなく、会社が長年、属人的な信頼に頼りすぎて、仕入・発注・在庫・支払の管理を仕組みにしてこなかったことだと考えます。

相談事例

ある空調設備工事会社での話です。

この会社は、業務用エアコンの設置、保守点検、緊急修理を行っていました。

現場の中心は、創業時から会社を支えてきた工事部長です。

社長は、よくこう言っていました。

社長:
「今の会社があるのは、あいつが現場を守ってきたからだ」

工事部長は、難しい現場も、急な修理も、仕入先との調整も、電話一本で動かしてきました。

社長にとっては、まさに戦友でした。

ところが、後継者候補である専務が、半年前から違和感を持ち始めます。

専務:
「材料費が上がっているのはわかる。でも、A社からの請求だけ増え方がおかしい」

同じ型番の部材でも、他社より1〜2割高い。

見積上の数量より、実際の請求数量が多い。

返品や余剰在庫の記録も曖昧。

専務が経理担当に確認すると、経理担当は困った顔で言いました。

経理担当:
「工事部長から“現場で必要だったから通しておいて”と言われると、正直、細かくは見られません。社長も昔からそういう運用を認めていました」

さらに、若手社員が専務に匿名で相談してきました。

若手社員:
「A社の納品書、実際には現場に届いていないものがあります」

若手社員:
「資材購買担当が、工事部長の指示で後から納品書を合わせているのを見ました」

若手社員:
「でも、言ったことがバレたら、現場にいられません」

専務は社長に相談しました。

しかし、社長はすぐには動きませんでした。

社長:
「工事部長がそんなことをするとは思えない」

社長:
「A社には昔から無理を聞いてもらっている」

社長:
「今あいつを疑ったら、現場が回らなくなる」

一方で、専務は焦っていました。

専務:
「ここで曖昧にしたら、若手は辞めます」

専務:
「不正が本当なら、会社のお金が流出し続けます」

専務:
「後継者として、誰も私についてこなくなります」

そんな中、A社の請求書に、施工済み案件とは関係のない部材が含まれていることがわかりました。

資材購買担当に確認すると、こう返ってきました。

資材購買担当:
「工事部長に確認してください。私は言われた通りに処理しただけです」

さらに、社内チャットには匿名でこう投稿されました。

「会社は仕入先との不正を知っているのに放置している。若手が告発しても握りつぶされる」

問題は、社内だけでは収まりません。

取引先からも、次のような連絡が入ります。

取引先:
「最近、御社の材料費が高すぎる。説明してほしい」

銀行からも、こう聞かれます。

銀行担当者:
「粗利率が下がっています。材料費の増加要因を説明できますか」

社長は、工事部長を疑いたくない。

専務は、曖昧にしたくない。

現場は割れている。

若手は報復を恐れている。

まさに、会社の信頼と管理体制が問われる場面です。

この問題の本質

私は、この問題の本質は、不正の有無だけではないと考えます。

もちろん、架空請求、過大請求、キックバックが事実なら重大です。

しかし、それ以前に、なぜそのような疑いが生まれる状態になっていたのかを見る必要があります。

  • 発注を誰が承認していたのか
  • 納品確認は誰がしていたのか
  • 請求書と現場実績を突合していたのか
  • 在庫や余剰部材の記録はあったのか
  • 経理は、何を根拠に支払っていたのか

ここが曖昧なまま、長年「工事部長が言うなら大丈夫」で回っていた。

つまり、信頼が管理の代わりになっていたのです。

中小企業では、これは珍しくありません。

しかし、信頼と管理は別物です。

信頼しているからこそ、疑われない仕組みを作る必要があります。

よくある失敗

この場面でよくある失敗は、すぐ本人を問い詰めることです。

「A社と何をしているんだ」

「この請求はおかしいだろう」

「キックバックを受けているのか」

こう問い詰めたくなる気持ちはわかります。

しかし、証拠を保全する前に本人へ疑惑を伝えると、証拠が消える可能性があります。

  • 納品書が差し替えられる
  • チャットが削除される
  • A社と口裏合わせされる
  • 資材購買担当が話を合わせる
  • 匿名で相談した若手が疑われる

こうなると、会社は真実に近づけなくなります。

もう一つの失敗は、A社との取引をすぐ止めることです。

材料費の流出を止めたい気持ちは当然です。

しかし、空調工事では、緊急修理や保守対応に部材調達が欠かせません。

A社に頼っていた部分が大きければ、急に切ることで現場が止まる可能性があります。

逆に、何もせず放置するのも危険です。

若手社員は「やはり会社は古参を守る」と感じます。

内部告発が外部に出るかもしれません。

銀行や顧客への説明もできなくなります。

私ならどう考えるか

私なら、最初にやるべきことは、工事部長を責めることではなく、証拠を守ることだと考えます。

請求書、納品書、発注履歴、在庫表、現場別原価、チャット履歴、メール、支払予定表。

これらをまず保全します。

次に、関係者への接触を限定します。

社長、専務、経理、工事部長、資材購買担当、A社がバラバラに話し始めると、情報が混乱します。

そして、匿名相談者を守ります。

誰が言ったかを探すのではなく、何が事実かを確認する。

この姿勢を崩してはいけません。

同時に、支払と仕入の暫定ルールを作ります。

  • 疑義のある請求は一時保留する
  • 通常必要な部材は、現場が止まらない範囲で発注する
  • 相見積もりを取る
  • A社以外の調達ルートを確認する

こうして、会社資金の流出を止めながら、現場も止めない形を作る必要があります。

最善策

私が最初に優先すべきだと考えるのは、次の対応です。

請求書、納品書、発注履歴、在庫、現場別原価、チャット履歴を保全する。

関係者への接触を限定して、事実調査を始める。

同時に、匿名相談者を守り、支払停止・仕入継続・顧客説明の暫定基準を決める。

これが最も現実的です。

不正疑惑の初動では、「早く白黒つけること」よりも、「白黒をつけられる状態を壊さないこと」が重要です。

証拠が消えたら、判断できません。

若手が会社を信用しなくなったら、組織は崩れます。

現場が止まれば、顧客に迷惑がかかります。

だから、最初は静かに、狭く、記録重視で進めるべきです。

なぜ法律だけでは解決できないのか

法律上は、横領、背任、詐欺、懲戒処分、損害賠償、内部通報者保護などが問題になります。

しかし、この問題は法律だけでは解決できません。

仮に不正があったとしても、工事部長をすぐ切れば、現場が止まる可能性があります。

逆に、現場を守るために曖昧にすれば、若手社員は離れます。

A社を切れば仕入が止まるかもしれない。

A社を残せば資金流出が続くかもしれない。

社長が古参を守りすぎれば、後継者である専務の求心力が落ちる。

専務が強引に進めれば、古参社員が反発する。

だからこそ、法律上の処分だけでなく、現場継続、社員感情、銀行説明、顧客対応まで含めて考える必要があります。

重要なのは、誰を罰するかではなく、会社を守れる順番で動けるかです。

実務上のチェックポイント

このようなケースでは、私は次の点を確認します。

1. A社への支払額の推移

いつから増えたのか。

どの案件で増えたのか。

他社単価とどれくらい差があるのか。

2. 納品実態

請求書にある部材が、本当に現場に届いていたのか。

現場で使われたのか。

在庫として残っているのか。

3. 承認フロー

誰が発注を承認し、誰が納品確認し、誰が支払承認をしていたのか。

4. 工事部長とA社の関係

私的な接待や金品授受があるのか。

ただし、噂だけで決めつけてはいけません。

5. 匿名相談者の保護

若手社員が報復を恐れているなら、会社として情報管理を徹底する必要があります。

6. 現場継続策

A社以外に代替仕入先があるか。

緊急修理に必要な部材を確保できるか。

ここを確認せずに取引停止すると、現場が止まります。

まとめ

古参幹部の不正疑惑は、中小企業にとって非常に重い問題です。

疑えば、長年の信頼関係が壊れる。

放置すれば、会社の信用とお金が失われる。

私は、このケースで最初にやるべきことは、本人を問い詰めることでも、仕入先を即座に切ることでもないと考えます。

まず、証拠を保全すること。

匿名相談者を守ること。

疑義ある支払を止めること。

現場を止めない仕入体制を確認すること。

この順番が必要です。

社長が古参を信じたい気持ちは自然です。

専務が曖昧にしたくない気持ちも当然です。

しかし、感情で動くと、証拠も組織も壊れます。

重要なのは、工事部長を守ることでも、専務が勝つことでもありません。

会社のお金、現場、若手社員、顧客信用を守ることです。

私は、それがこの場面での最善の経営判断だと考えます。

免責文

本記事は、中小企業の経営判断を考えるための一般的なケーススタディです。

実際の事案では、請求書、納品書、発注履歴、在庫記録、社内規程、関係者の供述、取引先との関係、証拠の有無などによって判断が異なります。

個別案件では、事実関係を丁寧に確認したうえで対応方針を検討する必要があります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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