丸の内経営法律事務所

若手職員の退職が続く会計事務所で、最初に守るべきものは何か

2026.06.19

導入

会計事務所や税理士法人では、「顧客第一」という考え方が強く根づいていることが多いです。

顧問先の社長を支えたい。
申告期限を守りたい。
資金繰りや相続、事業承継の相談に応えたい。

その姿勢自体は、とても大切です。

しかし、顧客を守るために職員が壊れてしまう状態になっているなら、経営判断としては危険です。

私は、この問題の本質は「代表が厳しいかどうか」だけではなく、代表依存、業務過多、教育不在、期限管理、職員の安全が同時に崩れ始めていることだと考えます。

相談事例

ある地方都市の税理士法人での話です。

この事務所は、地域では評判の良い会計事務所でした。

代表税理士は顧客対応に非常に熱心で、銀行や商工会議所からの紹介も多く、資金繰り相談、相続、補助金支援、事業承継にも力を入れていました。

顧問先からの信頼は厚く、紹介も増えていました。

ただ、その裏で職員の負担は限界に近づいていました。

代表は、顧客から頼まれると断れません。

「昔からの付き合いだから」

「困っている社長を放っておけない」

「うちが見なかったら、この会社は危ない」

そう言って、新規顧問や単発案件を受け続けてきました。

その結果、若手職員でも法人顧問を25件以上持つようになり、決算月が重なると土日や夜間の作業も当たり前になっていました。

しかも、代表はミスに非常に厳しい人でした。

ある若手職員が、月次報告資料で借入返済額を誤って記載したとき、代表は全体ミーティングで強く叱責しました。

代表:
「こんな資料を出したら、顧問先の社長が判断を間違える」

代表:
「税理士事務所の仕事を軽く見ている」

代表:
「この程度の確認もできないなら、担当を持つ資格はない」

叱責された職員は、その後、体調を崩して休みました。

別の科目合格者も、相続税申告の資料整理で何度もやり直しを命じられ、副代表にこう相談していました。

若手職員:
「質問しても、自分で考えろと言われます」

若手職員:
「でも間違えると、みんなの前で怒られます」

若手職員:
「もう何が正解かわかりません」

そして、若手職員の退職が続きました。

退職理由は表向き「家庭の事情」でした。

しかし実際には、長時間労働と代表の叱責が原因ではないか、という話が出ていました。

さらに、顧問先からも不安の声が出始めます。

顧問先:
「最近、担当者が変わりすぎて不安です」

顧問先:
「うちの事情をわかっている人がいなくなるのは困ります」

相続案件では、申告期限まで残り2か月しかないものもありました。

代表は「自分で見る」と言っています。

しかし、すでに法人決算や銀行面談が詰まっていて、現実的には手が回っていません。

副代表は強い危機感を持ちました。

一方で、代表はこう言います。

代表:
「最近の若い人は打たれ弱い」

代表:
「税務の仕事は甘くない」

代表:
「顧問先に迷惑をかけないために厳しくしている」

代表:
「辞める人に合わせていたら、事務所の品質が落ちる」

しかし、中堅職員は限界に近づいていました。

中堅職員:
「代表の言っていることが間違っているとは思いません」

中堅職員:
「でも、このままだと、残っている人間から壊れます」

中堅職員:
「次に辞めるのは若手ではなく中堅だと思います」

この言葉は、かなり重いものです。

この問題の本質

私は、この問題の本質は、代表の叱責だけではないと考えます。

もちろん、人前で強く叱責することは問題です。

職員が質問できなくなり、ミスを隠すようになれば、業務品質はむしろ下がります。

ただ、それ以上に深刻なのは、事務所全体の業務設計が崩れていることです。

  • 誰が何件担当しているのか
  • どの申告期限が危ないのか
  • 退職予定者しか知らない顧問先事情はないか
  • 中堅職員に負荷が集中していないか
  • 代表しか判断できない案件が多すぎないか
  • 教育やレビューの仕組みはあるか

ここが見えないまま、代表の精神論だけで回している状態です。

これでは、採用しても定着しません。

若手が辞め、中堅が疲弊し、代表がさらに抱え込み、顧客対応が遅れ、また職員が辞める。

この悪循環に入っています。

よくある失敗

この場面でよくある失敗は、代表が全職員に謝罪して終わらせることです。

もちろん、代表が態度を改めることは大切です。

「人前で叱責しない」

「質問しやすい環境にする」

「職員を追い詰めない」

これは必要です。

しかし、謝罪だけでは、担当件数も申告期限も未処理業務も減りません。

もう一つの失敗は、退職予定者を給与アップで引き止めようとすることです。

繁忙期前に人が抜けるのは痛い。

だから、給与を上げてでも残ってほしい。

その気持ちはわかります。

しかし、根本原因が変わらなければ、引き止めてもまた同じ不満が出ます。

さらに危険なのは、採用広告費を増やすことだけに走ることです。

今の職場環境を変えないまま人を入れても、また辞めます。

口コミで「教育体制がない」「叱責が多い」と見られている状態では、採用費だけが増えていきます。

私ならどう考えるか

私なら、まず退職予定者の担当先、申告期限、未処理業務、残業実態、職員の体調不良、代表の叱責事例を棚卸しします。

最初に見るべきは、感情論ではありません。

  • 今、どの業務が止まりそうなのか
  • どの顧問先に迷惑がかかりそうなのか
  • どの職員が限界に近いのか

これを事実として把握します。

特に重要なのは、期限が迫っている案件です。

相続税申告、法人決算、納税資金に関わる相談、銀行提出資料。

ここが遅れれば、顧客への影響が大きくなります。

次に、顧客対応窓口を決めます。

退職予定者の担当先について、誰が引き継ぐのか。

顧客にはいつ、どのように説明するのか。

代表が全部見ると言っても、現実的に無理なら、早めに分担を決めるべきです。

同時に、代表の直接叱責を一時停止します。

これは代表を否定するためではありません。

職員が質問できる状態を取り戻すためです。

質問できない職場では、ミスは減りません。

むしろ、見えないところに隠れます。

最善策

私が最初に優先すべきだと考えるのは、次の対応です。

退職予定者の担当先、申告期限、未処理業務、残業実態、職員の体調不良、代表の叱責事例を棚卸しする。

同時に、緊急案件の優先順位と顧客対応窓口を決める。

そして、代表の直接叱責を一時停止する。

これが最も現実的です。

代表の謝罪も、採用強化も、教育体制の見直しも必要です。

しかし、最初にやるべきことは、繁忙期前の業務崩壊を止めることです。

  • 申告期限を守る
  • 顧客不安を抑える
  • 中堅職員の燃え尽きを防ぐ
  • 体調不良者を増やさない

この順番を間違えると、事務所全体が一気に崩れます。

なぜ法律だけでは解決できないのか

法律上は、労働時間管理、安全配慮義務、パワーハラスメント、未払い残業、退職者対応などが問題になります。

もちろん、これらは重要です。

しかし、この問題は法律だけでは解決しません。

代表が法的リスクを理解しても、業務量が減らなければ職員は壊れます。

ハラスメント研修をしても、レビュー体制がなければ若手は育ちません。

残業代を払っても、長時間労働が常態化すれば退職は止まりません。

大切なのは、法律上の問題を避けることだけではなく、事務所として持続可能な働き方に変えることです。

顧客を守るためにも、職員を守る必要があります。

職員が辞め続ける事務所では、顧客も守れません。

実務上のチェックポイント

このようなケースでは、私は次の点を確認します。

1. 退職予定者の担当先一覧

どの顧問先を誰が引き継ぐのか。

顧客ごとの事情は共有されているのか。

2. 申告期限

期限が近い案件から優先順位をつけます。

特に相続案件や決算が重なる法人は、早急に確認が必要です。

3. 職員ごとの担当件数と残業時間

若手だけでなく、中堅に負荷が集中していないかを見ます。

4. 代表の叱責事例

いつ、どこで、誰に、どのような言葉をかけたのか。

事実を確認しなければ、改善策も作れません。

5. 教育体制

質問できる相手はいるのか。

チェックリストはあるのか。

代表以外のレビュー担当者はいるのか。

ここがないまま若手に担当を持たせれば、ミスと叱責が繰り返されます。

まとめ

会計事務所にとって、顧客を守ることは大切です。

しかし、職員が壊れていく状態で顧客を守り続けることはできません。

私は、このケースで最初にやるべきことは、代表の謝罪だけでも、退職者の引き止めだけでも、採用強化だけでもないと考えます。

まず、退職予定者の担当先、申告期限、未処理業務、残業実態、体調不良、叱責事例を棚卸しすること。

そして、緊急案件の優先順位と顧客対応窓口を決めること。

さらに、代表の直接叱責を一時停止すること。

この順番が必要です。

重要なのは、代表を責めることではありません。

顧客信用、申告期限、職員の安全、中堅職員の離脱防止を同時に守ることです。

顧客第一を本当に続けたいなら、職員を守る仕組みを作らなければなりません。

私は、それがこの場面での最善の経営判断だと考えます。

免責文

本記事は、中小企業・士業事務所の経営判断を考えるための一般的なケーススタディです。

実際の事案では、労働時間、叱責の内容、退職理由、申告期限、担当件数、就業規則、賃金支払状況、顧客との契約内容などによって判断が異なります。

個別案件では、事実関係を丁寧に確認したうえで対応方針を検討する必要があります。

丸の内経営法律事務所

丸の内経営法律事務所は、企業法務を得意とする名古屋市の弁護士事務所です。これまでに関わった中小企業のトラブル解決数は 200件 以上となります。「関わった人全てを豊かにする」を企業理念に、名古屋市をはじめ東海エリアの中小企業を法務面・経営面から多角的にサポート。顧問弁護士として労働問題解消や契約書作成など、企業のトラブルを未然に防ぐリーガルリスクマネジメントにも尽力します。

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